2018年01月01日

古代中国 創世神話10 中国版シンデレラ、浦島太郎、川から流れてきた竹から生まれた桃太郎(?)、南総里見八犬伝

 葉限は言葉を話すことができる不思議な魚を大切にしていました。その存在を知った継母は、葉限に用事を言いつけて魚から離し、葉限不在の隙をついて魚を殺してしまいます。ところが魚の神通力は死んだからといって尽きるものではなく、葉限が魚の骨を探し出して自室にしまうと、その後は欲しいと言ったものが何でも手に入るようになります。ある日、継母と妹がお祭りに出かけます。葉限もまた、黄金の靴と綾錦の服を着てお祭りにでかけました。ところが、継母に見つかってしまい、慌てて逃げ出します。ところが、その際に靴を片方落としてしまっていました。靴は巡り巡って陀汗という国の王の手に渡り、王は靴の持ち主を探して葉限を見つけだします。継母親子はどこからか飛んできた石に当たって命を落としました。

 浦島太郎を思わせる、山に入って天女に会った男が山から下りると数十年も経っていたという物語もあれば、川を流れてきた竹から生まれた男の子が夜郎の王になったという、竹取物語と桃太郎を足して2で割らないような話も記録されています。恋人同士をつなぐという赤い縄の話もありました。ただ、中国では左手の小指ではなく足を繋ぐものです。繋がれた男女は夫婦になるというところは同じですが。

 こうした説話については『世界神話伝説大系〈11〉中国・台湾の神話伝説』で知りました。古い本なので入手は困難かもしれませんが、参考にタイトルを記しておく次第です。

 歴史に結びつく神話に移る前に、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を彷彿とさせる物語も中国にあるので、それをご紹介しておきましょう。「曲亭」も「馬琴」も漢籍から採っていることを考えると、馬琴も知っていたのかも知れません。

 高辛王という王様の時代、王后が耳の病気に罹り37年も治らないとういことが起こりました。ある日、耳からコガネムシが1匹飛び出し、同時に痛みは癒えます。王后は不思議に思い、ヒョウタンに入れて盤子(さら)でフタをすると、コガネムシは竜犬に変身します。竜犬は盤瓠と名付けられ、高辛王が謁見するとなついて離れませんでした。

世界神話伝説大系〈11〉中国・台湾の神話伝説 (1979年) -
世界神話伝説大系〈11〉中国・台湾の神話伝説 (1979年) -

現代語訳 南総里見八犬伝 上 (河出文庫) -
現代語訳 南総里見八犬伝 上 (河出文庫) - 現代語訳 南総里見八犬伝 下 (河出文庫) -
現代語訳 南総里見八犬伝 下 (河出文庫) -


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:神話 中国
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 古代中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

古代中国 創世神話11 竜犬が敵の首を持ってくる、中国古代版八犬伝と黄帝の神話

 ある時、房王が反乱を起こします。房王の勢力は強大で、誰も立ち向かおうとしません。高辛王は房王の首を取ってきた者に娘を与えると約束するのですが、それでも臣下たちは誰も引き受けません。すると、竜犬は宮廷から走り出ると、房王に陣地に向かいます。そして房王に尻尾を振ってじゃれつきます。

 房王はイヌですら高辛王を見捨てて自分に付いたと喜び、勝利を確信して盛大な宴会を催しました。ところがその夜、竜犬は房王を殺害すると、首を咥えて高辛王のもとへ帰ります。

 高辛王は竜犬に褒美として上等の肉を与えますが、竜犬は食べずに部屋の隅で丸まり、そのまま動こうとしません。先の約束を思い出した王がイヌは人間とは結婚できないのだと諭すと、竜犬は人間の言葉を喋り、金の鐘に7日入れてもらえば人間の姿になると言います。王は約束通り金の鐘に竜犬を入れました。ところが6日目、姫は竜犬が飢えてしまうのではないかと心配になり、鐘を開けてしまいます。竜犬は首から下は変身を完了させていたのですが、それ以上変身できなくなってしまいました。それでも2人は結婚しました。

 この竜犬が活躍する物語も複数の民族の間で見ることができるとのことです。古代中国が政治的・社会的に統一されていたわけではありませんが、交易により緩やかに結びついていたことを考えると、神話や伝承もまた複数の民族の間で共有され、影響を与えあったことは不思議ではありません。

 では、歴史と関係が深い神話へ移りましょう。

 中国神話で有名な存在に、黄帝がいます。司馬遷の史記は皇帝の伝記である本紀、貴族の家系を追う世家、個人の活躍を記す伝などからなります。その本紀の最初に書かれるのが、五帝本紀で、その最初に現れるのが黄帝です。

 ただ、史記は少々不親切で、「黄帝は小典の子で、姓は公孫、名を軒轅(けんえん)と言った」で始まり、それまでの神話は書かれないのです。しかし、これは奇妙な名字です。公孫という名字は、「孫」がある通り、王の孫に付けられるものだったからです。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:中国 神話
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 古代中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

古代中国 創世神話12 黄帝と蚩尤との戦争 天変地異まで起こしての総力戦

 黄帝が生を受けたのは、神農という神の子孫が統治者である世界でした。

 神農は別名を炎帝と言い、牛頭人身の太陽神で農業神です。五穀の栽培を始めたとされることから農業を司る神で、医食同源という言葉を生んだ中国らしく、同時に薬草も与えた医療の神でもあります。神農の作った穀物を食べた者は長生不死になったと言われます。もっとも、薬草を自ら舐めて薬効を確かめたため、70度も毒に当たったとか、腸が切れて死んだとの伝説もあるので、不死というのは随分と怪しい気がします。

 始祖が偉大でも、代が変わればどうなるか分からないものです。黄帝が成人した頃の神農の子孫は暴君で人望が無かったとされています。入朝が少なくかったため、軒轅が朝貢しない勢力を討伐します。

 軒轅が力を持ったことに対し、蚩尤がその座を奪うべく戦いを挑みます。

 蚩尤はかつて軒轅に従い、戦では先駆けとして活躍した闘将です。神農の孫とされ、いかにも神話的存在らしく砂や石や鉄を食べ、武器を生み出したと伝えられます。その発明品には矛、戟、斧(盤古は手斧使っていましたよね?)、弓に加えて盾もあるということで、現代風に言えば死の商人といったところでしょうか。

 蚩尤は風雨を呼び出し、霧を立ち込めさせて黄帝を苦しめます。黄帝は軍を引き上げ、どうすれば蚩尤を倒せるか悩みます。濃霧で方向が分からなければ進むべき道がわからないから困るのですが、ここで配下の神風后が指南車を発明、方角が分かるようになります。

 指南車は読んで字の如くに常に南を差す人形を備えた車です。ただ、南を指すのに磁石を利用しているわけではなく、機械的な挙動車の向きが変わっても同じ方向を向かせていたものです。面白いのは南を向かせていることで、北だったら北極星を指すようにすれば良かったのでは、と言うところです。勿論、棒状のもので北を指すようにすれば反対側は南を向くわけではありますが。

 戦いは総力戦で、蚩尤の72人とも81人とも伝えられ、手足が各8本だとか牛の蹄を持つだとか言われる異形の兄弟(お母さんはさぞ大変だったことでしょう)は、動物たちまで動員する軒轅に一歩も引けを取りません。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:中国 神話
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 古代中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

古代中国 創世神話13 黄帝の勝利と養蚕の開始

 軒轅の側は娘の魃や応竜を呼び出して対抗します。旱の神と雨の神を呼び出すのはちょっと欲張り過ぎるのではないかと思わなくも無いのですが、彼らの活躍もあって軒轅の軍は蚩尤を攻撃、遂に敗死させることに成功しました。

 こうして軒轅は天子となり、黄帝を名乗ります。外征を続け、北はモンゴルから南は長江まで支配下に置く一方、家庭面でも子宝に恵まれ、その子は男子だけで25人に達したそうです。

 黄帝の勝利に重要な役割を果たした魃と応竜は、蚩尤の邪気に当てられて天に戻れなくなってしまいます。こうして魃のいる北方は日照りになり、応竜が潜む南方は多雨となりました。狡兎死して走狗烹らるとなると言いすぎでしょうけど、黄帝はやや薄情に思えてしまいます。

 ただ、黄帝がまず主君の器にない神農の子孫を立てて朝貢しない諸侯を討ったとするなら、黄帝が蚩尤を討った後に天子となるというストーリーはやや無理が有るようにも思えます。曹操が献帝を担いだように、自分の勢力を伸ばすための大義名分にしたのでしょうか。あるいは、黄帝が神農を直接逐ったとの話もあるそうです。黄帝の最大のライバル蚩尤は神農の後裔で、ウシの蹄を持つ勇猛な巨人です。こちらが正しいなら、蚩尤は敵討ちをしようとした可能性もありますね。かつて黄帝の先駆けとして活躍した蚩尤が反旗を翻した理由も納得がいきます。

 蚩尤についてはここまでにしておきましょう。

 黄帝の時代に起こったとされる重大な出来事の1つに養蚕の開始があります。その起源に関する神話を紹介しましょう。

 あるところに父娘が住んでいました。父が遠方へ出掛けたため、幼い娘がウマの面倒を見ることになりました。娘は寂しくなり、戯れ半分でウマに向かってお父さんを連れて帰ってきてくれたら結婚する、と言ってしまいます。ウマは駆け出し、父親を探し出しました。父親はウマの尋常ならざる様子を見ると、家に何かが起こったのだろうと推測してウマに乗ると、急いで戻ります。

 この頃はまだ股を開けるような服(下着では無い方のパンツ、おじさん風に言えばズボン)は中国には無かったので、騎乗していたとするなら漢民族の神話では無いと言えるでしょう。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:中国 神話
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 古代中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

古代中国 創世神話14 黄帝時代の神話と伝説の五帝(黄帝、顓頊、嚳、堯、舜)

 さて、家に帰ってきて娘との再会を喜んだ父親がウマに上等なエサを与えても、ウマは見向きもしません。ここまでの流れは竜犬にまつわる話と完全に同じですね。

 ウマの様子がおかしいことから、父は何があったのかを娘に聞き、全てを知ります。さすがに娘をウマに与えるわけにもいかないと判断した父は、ウマを弓矢で射殺してしまいました。そして、その皮を庭で乾かします。娘は庭で遊んでいたのですが、ウマの皮を見ると「自分を娶ろうなどとは図々しい、皮を剥かれて当然だ」と言いながら皮を蹴飛ばします。娘の言葉が終わらないうちに皮が舞い上がり、娘を包み込みました。娘は皮を剥がすことができないまま走り出します。そしてある木の下でウマの皮を纏った芋虫のような姿になっていました。そして口から白い糸を吐くのです。人々はこの奇妙な生き物をカイコと名付け、その木を娘の命が喪われたことから喪と発音の同じ桑と名付けました。

 異形の姿となった娘は蚕神となります。そして黄帝が蚩尤を破ると、そのお祝いに自らが生み出した糸を献上しました。黄帝はこの糸で布を織らせ、出来栄えに感心しました。黄帝の妻は自らカイコを飼い、養蚕を広めることで、絹は中国で広まったということです。

 史記の五帝本紀は、黄帝に続いて顓頊(せんぎょく)、嚳(こく)、堯、舜が支配者になったと伝えます。しかし、我々はこれを事実として見るべきではありません。なんとなれば、5帝の名前が揃うのは戦国時代以前の出土品には見られないからです。

 尚書に見えるのは堯と舜のみで、更に成立の古い詩経には禹しか書かれていません。更に、詩経には禹を最初の王と見ている記述がありますから、それ以前の帝たちがより後世加えられたものであることが推測されるでしょう。論語で堯、舜が現れ、更に時代の下る尚書で彼らの詳細な功業が語られるのです。神話においてもっとも古い時代に置かれる物語はもっとも新しく作られたものであることが一般的です。新たに創作された物語を押し込めるのは、古老が真贋を判断できる直近の過去でもなく、他の物語で埋まっている時代でもなく、それ以前の物語が存在しない時代なのですから。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ラベル:中国 神話
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | 古代中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^
人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村