2017年08月01日

ローマ3 ハドリアヌス5 記憶力に優れたハドリアヌス、風呂で出会った貧しい100人隊長を援助

 ハドリアヌスは税制の公平を図るため、15年に1回登記をやり直すことを定めています。更に、トラヤヌスの定めた育英資金に加え、母親の身持ちの悪さ以外の原因で困窮している母子家庭への援助(『ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀 - 』)も行うことにしました。現代日本も是非見習って欲しいものです。

 幸先の悪いスタートを切ったハドリアヌスですが、その後は概ね無難な政権運営を行ったと評価できます。彼が成功した要因の1つは、彼自身の能力の高さによるでしょう。演説の草稿は自ら筆を執りました。

 また、優れた記憶力も特筆すべき物でしょう。一度会っただけの多くの人の名を覚えていたと伝えられます。ある時、ハドリアヌスが風呂に行ったところ、100人隊長が背中を壁にこすりつけているところを見ます。記憶力絶大な彼はきちんと100人隊長を見分けてなぜそのようなことをするのかと話しかけると、奴隷がいないからこうせざるを得ないと隊長は答えます。ハドリアヌスは彼に奴隷とその維持費を与えたそうです。

 次にハドリアヌスが風呂に行くと、背中を壁にこすりつける者が沢山いました。浅ましくも二匹目のドジョウを狙ってのことですね。皇帝は互いに洗い合えと助言したそうです。

 因みに、アメリカで莫迦とされる大統領に関するこんなジョークがあります。選挙中の演説で、「私は大統領に求められる全ての資質を備えている。まず、卓越した記憶力。次に、ええと何だったかな」と言ったというものです。当時はブッシュ(子)元大統領がそのジョークの主だったそうですが、今ではトランプ大統領でしょうか。

 また、ハドリアヌスは帝国に新たな流行を生み出しています。それは、髭です。

 彼は戦闘で顔に傷を負っており、傷隠しとして髭を生やしていました。『テルマエ・ロマエ』はハドリアヌスの時代に生きた架空の風呂職人を主人公に据えた漫画で、皇帝も正しく髭面で登場します。


 ハドリアヌスの特筆すべき所は、目指すべき国家の姿をきちんと描き、形にするために動き始めたところです。そのために取り組んだのが、人材の選定でした。

ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀 -
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2017年08月02日

ローマ3 ハドリアヌス6 ブリテン島にハドリアヌスの長城を建設 長城という防衛ライン構想

 『ローマ五賢帝 「輝ける世紀」の虚像と実像』は、トラヤヌス治下で活躍した人物のほとんど全てがハドリアヌスの下では重用されていないことを示しています。4執政官経験者処刑というショッキングな出来事の後で、元老院に迎合するつもりならこのようなことにはならないでしょう。同書はハドリアヌスは帝国統治の人材登用に当たって、トラヤヌス治世とは明らかに断絶した形で行動したということであると結論づけています。

 その表れとして、重要な属州の総督には自分の下で出世した人物を充てています。属州総督は軍隊の指揮権を含む強大な力を持っていますから、信頼できる人物しか選べなかったのは当然でしょうか。

 121年、国内を巡る大旅行に出発します。ガリアとゲルマニアを経て現代のオランダあたりからブリテン島へ渡ると、防衛ラインの建設を指示します。122年から10年に渡る工事によって完成した防御施設が今日ハドリアヌスの長城として知られるものです。イングランドとスコットランドの境界近くに、幅3-6メートル、高さ4.5メートル程度、イギリスを横断する118kmの石造りの壁を築いたのです。万里の長城と同じく、異民族対策でした。ローマが恐れたのはケルト人の襲来です。この長城は、ローマが異民族に対して防衛姿勢に転じたことを象徴しています。まあ、その後のローマが専守防衛になったのかというと、そうでは無いのですが。

 一定の距離ごとに監視所や要塞が造られました。これは大陸側に造られた防壁とも共通しますね。長大な防衛ラインを壁によって構築しようとすると、同じような構造になるのかもしれません。

 壁の後方には部隊が駐留するための砦が置かれました。これらはやがて都市に発展していきます。ローマの砦が起源となった都市は、マンチェスターのようにラテン語の陣営、砦を意味する「チェスター」が付いているのでわかります。

 長城建設を指示するとガリアに戻り、スペインへ移動します。ここで奴隷に殺されかかるというハプニングに見舞われますが、処罰せずに治療を命じるだけで済ませました。北の将軍様とは比較できない偉大さです。123年末、スペイン滞在中にパルティアの動きに不穏なものがあるとの報告に接し、急遽東方へ向かいます。

ローマ五賢帝 「輝ける世紀」の虚像と実像 (講談社学術文庫) -
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2017年08月03日

ローマ3 ハドリアヌス7 エジプトで愛する美少年アンティノウスが溺死し大いに嘆く

 アンティオキアに向かい、パルティア王とのトップ会談を行って戦争回避に成功しました。ただ、そもそもなぜ危機が起こったのか、どのような危機だったのかは今に伝わっておりません。

 シリアからルーマニアを経てギリシアを訪れます。愛好するギリシアの復興を指示すると、シチリアに渡ってエトナ山に登り、帰国しました。

 127年、即位10周年を祝うと、再び旅行へ。今度は北アフリカへ向かい、一度ローマに戻ってアテナイを訪れます。アテナイ復興に大量の資金を投入、アテナイ人を歓喜させました。そのまま東に足を伸ばしてトルコに向かい、130年にはエジプトに入ります。

 このエジプトで、ハドリアヌスは悲劇に見舞われます。寵愛していた少年アンティノウスがナイル川で溺死してしまったのです。塩野七生は自殺である可能性が高いとしています。美しさのピークを迎えたアンティノウスは永遠に手の届かないところに去ることで、相手の気持ちを未来永劫縛り付けることを狙った、というわけです。古いマンガで恐縮ですが、『BANANA FISH』の魅力的な野生児アッシュ・リンクスが終盤に死ぬことで、彼が唯一心を許した親友奥村英二のその後の生涯を決定づけたことを思い出してしまいました。ご存じない方にはさっぱりですね。申し訳ありません。が、あのマンガを読まないままでいるのは勿体無いので、折角ですからこれを期に読んでみてください。

 皇帝は深く嘆き悲しみ、中エジプトにアンティノポリスを建設、各地にはアンティノウスの像が造られます。この像はハドリアヌスの時代を描いた『テルマエ・ロマエ』にも顔を出しています。現在の美術館や博物館では、ハドリアヌスの像はこのアンティノウスと並んでいることが多いとのことで、死んだ後にも寄り添って大変結構な話です。塩野七生は官能的で美しい美少年の像としながら、「相当な数にのぼるアンティノーの彫像を見ていて感ずるのは、ゼロとしてもよいほどの知性の欠如である」とばっさりです。

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2017年08月04日

ローマ3 ハドリアヌス8 愛好するギリシア文明との触れ合い 第2次ユダヤ戦争の勃発

 言わばトロフィーワイフ(功成り名遂げた男性が若くて美しい女性を手に入れること)に近い役割しか期待していなかったのかも知れません。ハドリアヌスの場合、知性を競おうと思えばいくらでも周りに優れた人物を侍らせることができたのでしょうから、アンティノウスにただただ若さと美しさを求めても不思議はないのかもしれません。

 ハドリアヌスはギリシア文化に傾倒していました。もしかしたら、男色もギリシアを見習ってのことかもしれません。ローマはギリシアと違って少年愛こそ至高といった(ちょっとどうかした)感じではありませんでしたが、冷淡でも無かったので、少年を囲っても非難はされません。ただ、冷たい目では見られていたのでしょうけど。

 再びシリア、アテナイへ行き、パレスチナを経て134年に帰国しました。

 長い時間を旅に費やす中で、ハドリアヌスが自分の好奇心のためであったり観光のためであったりしたことが無いとは言いません。特に、若かりし頃からギリシア文明を愛好した彼が、アテナイを訪れた際には恋い焦がれた地に舞い上がったことでしょう。

 エジプトではかの図書館(独立した建造物ではなかったことは過去説明した通りです)を訪れ、なんと学者連中と議論して言い負かすことまでやっています。ハドリアヌスは知力にも武力にも優れた能力を発揮していたことが分かるエピソードです。

 しかし、それ以外の時間は仕事に宛てられていました。インフラ整備をし、防衛体制を整えるために、帝国全土を巡ったのです。今風に言えば現場現物主義だったのでしょう。軍人として、政治家として類まれな資質を持っていたが故、ハドリアヌスの長城がイングランドとスコットランドの境界線となったように、天然の防衛ラインを見つけ出して活用することができたのです。

 ハドリアヌスの2度目の大旅行中に当たる132年、再びユダヤの地で反乱が勃発します。

 反乱に先立つ130年、ハドリアヌスは先のユダヤ戦争で破壊されたエルサレムを再建、出身氏族のアエリウスに因んでアエリア・カピトリナと名付けます。エルサレムとして再建されたならともかく、名前を変えギリシア風の都市として再建された都市を、ユダヤ人はどう思ったでしょうか。他はともかくとして、神殿跡地にユピテルの神殿を建立したことはユダヤ人の激しい怒りを買います。更に火に油を注いだのは、132年に割礼を禁じたことです。


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2017年08月05日

ローマ3 ハドリアヌス9 エルサレム陥落により第2次ユダヤ戦争は終結、過酷な戦後処理が待つ

 元々ユダヤ人たちは独立を志向し、救世主が現れて独立を適えてくれるであろうとする救世主待望論が醸成されていました。そこにシメオン・バル・コシェバなる人物が現れて自分こそがメシアであると唱え、「星の子」を意味するバル・コクバを自称します。指導的なラビも彼を認め、彼らは反乱に向けて動き出したのです。

 枯野に燃え広がる野火のように、反乱はユダヤ全土に広がります。反乱を支持するユダヤ商人がローマ軍に毒入りワインを納入したり武器を横流ししたりして協力していました。宗教的熱情に駆られたユダヤ人の奮闘もあって、ローマは各地で手痛い敗北を喫し、ユダヤ人は自治を回復します。独自のコインが鋳造され、神殿の再建計画が作られます。

 しかし、こうした反抗にローマが黙っているはずはありません。ハドリアヌスは遥々ブリテン島からユリウス・セウェルスを呼び戻してドナウ川流域の精鋭部隊を指揮させてユダヤへ送り込みます。

 事ここに至ればユダヤが強大なローマに勝ち続けることなどできるものではありません。136年(実質的には134年にユダヤのほぼ全土がローマの手に落ちた時点)、反乱は鎮圧されました。『ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀 - 』では、「ユダヤ側のこもっていた五十の要塞は破壊され九百八十五にものぼる村落は焼き払われ、五十万ものユダヤ人が殺された」と描かれる厳しい結果となりました。

 この戦いは、第2次ユダヤ戦争または指導者の名前を取ってバル・コクバの乱と呼ばれます。

 戦後処理は過酷でした。ハドリアヌスはユダヤが安定しないのはユダヤ人が固有の文化と宗教を守り続けるからだと正しく理解していました。そして、文化と宗教を破壊しようとしたのです。

 エルサレム改めアエリア・カピトリナへのユダヤ人訪問を禁じ、律法を廃棄させ、宗教指導者は殺害されました。属州ユダヤさえ廃止され、属州シリア・パレスティナとされたことでユダヤの名すら消してしまったのです。ユダヤ人たちは帝国各地に離散しました。

ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀 -
ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀 -


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