2017年06月01日

キリスト教の成立 異端児パウロ1 迫害者パウロは転向してイエス者に 原因は側頭葉癲癇だったのか?

 イエスとは同年代の生まれであるパウロですが、恐らくはイエスと直接会ったことはありません。しかも、ラビに学んだ経歴が示す通り、ファリサイ派に属する熱心なユダヤ教徒ですから、ナザレで分派活動を行っているとみなされたイエス派に対しては迫害する側でした。ステファノの殉教の場に立ち会った層ですが、その際には処刑を行う側に身をおいていたのです。

 サウロはイエス派を弾圧するためにダマスコに向かう途上、「サウロ、なぜ私を迫害するのか」というイエスの声を聞き、同時に目が見えなくなります。その後アナニアというキリスト教徒が彼のために祈ると目からウロコのようなものが落ち、再び目が見えるようになった、という伝説があります。ただ、パウロはイエス派には顔を知られていなかったとされているので、過激な反対派だったと称しているのは自己評価が高すぎるのかもしれません。

 彼をイエス信者に転向させたのが、この「サウロの回心」と言われ出来事ですが、不思議なことにパウロ本人はこの劇的な出来事について何一つ記していません。ルカによる福音書が出典です。新約聖書に収められる27通の手紙のうち、約半数に当たる13通がパウロの手になるとされている(これも複雑な論争があるのですけど)ことを考えるとやや不自然な気がします。

 脳科学が明らかにした奇妙で興味深い人間の認識のあり方について面白おかしく書いている『脳のなかの幽霊 (角川文庫) - 』において、著者のラマチャンドランはサウロの回心は側頭葉癲癇だったのではないか、と推測しています。面白いことに、側頭葉を刺激されると宗教的な法悦を感じる人がいるのは事実です。カナダの心理学者、マイケル・パーシンガーは脳を磁気刺激する装置で自らの側頭葉を刺激し、人生で初めて神を感じたそうです。

この部位に原発するてんかん発作のある患者は、発作のあいだに強い霊的体験をする場合があり、発作のないときや発作と発作のあいだにも、宗教的あるいは道徳的な問題に取りつかれるケースがときどきある


 パウロに関しては本人が遥か昔に死んでしまっている以上、確認のしようはありませんが、神話を合理的に解釈できる面白い仮説だと思います。なぜ側頭葉癲癇を疑うのかに関しては、抜群に面白いこの『脳の中の幽霊』をぜひご覧になってください。

脳のなかの幽霊 (角川文庫) -
脳のなかの幽霊 (角川文庫) -


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2017年06月02日

キリスト教の成立 異端児パウロ2 イエス同様に律法主義者の義人ヤコブとイエスの教えなど無視するパウロの対立

 イエスの声を聞いて回心したパウロは、ユダヤの初代王から名付けられたサウロではなく、ギリシア語で「僅かな」を意味するパウロを名乗るようになります(ただし、ユダヤ人は少なからずヘブライ語とギリシア語の名前を両方持っていましたから、特に名を捨てたというわけではないのですが)。そして34年頃、ペトロを訪ねてその許可のもとにエルサレムへ向かい、熱心にイエスの教えを説いて回ることになります。

 財産を捨てて共同生活し、自民族にだけ救いを説く内向きな教団に後から参加したパウロの弱点は、他の幹部と違って直接イエスの教えを受けていないということです。彼は熱心な布教活動で一目置かれる存在にはなりましたが、他のメンバーと同じことをしていればのし上がることはできません。彼が選んだのは、異邦人への布教活動でした。

 パウロはペトロとともにアンティオキアで非ユダヤ人への改宗運動を盛んに繰り広げます。そこへヤコブの使者がやってきたわけです。

 郷に入っては郷に従えとの諺がありますね。後にユダヤ人がヨーロッパで激しく排斥されることになる原因の1つに、ユダヤ人が地域社会に溶け込もうとせずに頑ななまでにユダヤ人としてのライフスタイルを護り通したことが挙げられます。そこから考えれば意外なことに、ペトロやパウロは異邦人とともに食事を摂る際には必ずしもユダヤ教の教えに従いませんでした。

 ヤコブが「義人」と呼ばれるのは、信義に篤いからではありません。信仰に篤いからです。彼が信仰していたのは、イエスの教えもその一部であるユダヤ教でした。イエスが律法を重視したのと同じように、義人ヤコブは律法を熱心に守っていました。洗礼者ヨハネのように、禁欲的に。ライバルから大酒飲みと罵倒された兄と比べると、ラディカルさが失われて律法墨守の姿勢が強まった感じです。

 律法主義者ヤコブには、異邦人と食卓を囲むからというたったそれだけの理由で律法を遵守しないペトロやパウロは許し難い存在に映りました。異邦人にも律法を守らせなければ共に食卓を囲んではならぬとヤコブの使者は厳命します。しかし、食事の席は抽象的な意味合いも含め、布教の場に欠かせないものでした。異邦人には教えを説くなという命令に近いものがあったのです。


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2017年06月03日

キリスト教の成立 異端児パウロ3 パウロはヘゲモニー争いを優位に進めるため、イエスが禁じた異邦人への説法に邁進する

 ペトロはヤコブの指導に従い、異邦人たちとの交わりを捨てます。しかし、パウロはペトロを偽善者と非難し、異邦人への宣教を止めませんでした。

 『パウロとペテロ (講談社選書メチエ) - 』はその理由をこう書いています。

それは神学的に、彼に啓示された福音の普遍的性格から説明されるのが普通である。つまり、生まれや素性によらずまた律法遵守という業績にもよらない恵みとしての福音は、ユダヤ人と異邦人のあいだの区別を無意味なものにする、と。だが私たちは、彼が教会設立の業において開拓伝道者としての役割を演じようとしたという個人的大望と抱負にも注目しておきたい。(略)多くの使徒たちの最後に加えられた彼が(一コリ一五・八)、先輩使徒の足跡を避けようとした時、前途洋々と開けた展望は異邦人のあいだにしかなかったろう。


 私も同じように、パウロが教団内で高い地位にのしあがろうという野心を抱いたことが異邦人への伝道という行動を生んだと思っています。そして異邦人に受け入れられるように教えを改変していったのです。彼の野心の大きさは、彼が母の胎内にいる時期に、既に神から選ばれたと誇大妄想気味のことを書き遺していることから明らかでしょう。

 脳科学の教えるところでは、長期記憶の形成には海馬と呼ばれる部位が大きな役割を果たします。海馬は3歳くらいまでは未発達なので、ある時期を過ぎると3歳以前の記憶には通常アクセスできなくなるのです。それ以前の記憶が有るという方は、残念なことにまず間違いなく偽記憶でしょう。昨日の記憶ですらあやふやになりつつある私から見れば羨ましくはあるのですが。

 鬱陶しいしがらみを断ち切ったパウロは水を得た魚のように生き生きと活動を始め、独自の教えを広めていきます。

 まさにやりたい放題とはこのことで、イエスの教えなどどこ吹く風、自分風にアレンジした教えを説きます。例えば、ヘブライ語で救世主を示すメシアという言葉を使っていてはギリシア語を話すローマ人には訴求力がないと見て取ると、メシアに該当するギリシア語、キリストを用いて布教を図ります。

パウロとペテロ (講談社選書メチエ) -
パウロとペテロ (講談社選書メチエ) -

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2017年06月04日

キリスト教の成立 異端児パウロ4 イエスの復活の物語を作り上げるパウロと、パウロに批判的なイエスの弟ヤコブ

 彼はやや誇大妄想気味なのか自己顕示欲が強かったのか、自ら13番めの使徒、異邦人のための使徒と名乗ります。そして、イエスは死によって許しと永遠の命を人々に与えたということを、イエスからの啓示によって知った、しかもその啓示を与えられたのは自分だけだと主張します。

 パウロの弱点は、イエスから直接教えを受けたことがないということです。ですから、彼は肉による接触は意味がなく、霊的なものこそが重要だと主張するのです。霊的な啓示を受けた自分は、イエスから直接教えを受けた人々と同格だとするのは、強引も過ぎると私には思われるのですが如何でしょうか。

 イエスが復活したと熱心に説いたのもパウロです。実のところ、彼以前にイエスの復活を証言している者は居ません。福音書は全てパウロの活躍後に書かれたものです。

 復活がパウロの創作であることは、イエスの実弟である義人ヤコブの手紙にはイエスが十字架にかかって死んで人間の罪を贖い、栄光の復活を遂げたという今日のキリスト教神学の真髄を為す教えが全く含まれていないことからも明らかでしょう。また、イエスから後継者に指名されたことからも、イエスの考えとそう遠くない思想を持っていたであろうヤコブは律法を守ることで幸せになれると説いています。

 ちなみに、義人ヤコブ同様にイエスの実弟だった可能性のある使徒ユダの手紙も新約聖書に収められています。注目に値するのは、イエスの教えを広めるとする者が、律法に従わずに行動して良いと説いてイエスの教えを捻じ曲げていると非難がましく書いているところでしょう。また、イエスの教えをパウロより忠実に残そうとしたのか、神が何万もの精霊と共に降臨して人の犯した不正な行動を悪と宣言するという終末論を説くエノクの書を引用しています。この場合の神とはイエスではなく、ユダヤ教の神のことです。

 義人ヤコブの後を継いだシモンはヤコブ同様に清貧に暮らし、貧しい人を意味するエビオン派へと繋がります。彼もまたイエスの神性を否定、イエスの異常出生譚を否定して、イエスはマリアと夫から自然に生まれたとしています。そして律法は守るべきものと、イエスとヤコブの考えを忠実に引き継ぎました。ただ、彼の立場はコンスタンティヌスにより異端とされています。


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2017年06月05日

キリスト教の成立 異端児パウロ5 パンはイエスの肉、ワインはイエスの血というカニバリズムを思い起こさせる儀式はパウロが起源

 パウロはイエスと正反対のことを説くこともありました。例えば、イエスは私の名を唱えるものが救われるわけではないと言っているのに、パウロはイエスの名を唱えれば救われると教えを180度変えてしまいます。そして、人はイエスへの信仰によって救われるのであり、善行とは関係がないとまで言い切ります。

 ユダヤ人が守る律法を、イエスが現れるまで一時的に守るべきだったものとするのもパウロです。イエス以後は神と新たな契約が結ばれた(=新約)ため、もう律法は守らなくても良くイエスを信仰すれば良いと言っています。ユダヤ教の枠組みのみならず、イエスの教えからも大きく逸脱したものと言えましょう。

 イエスのことを神の子とし、神による創造ではあらゆるものに先立って創られたものとして、イエスを神に語りかける時と同じ意味合いで主と呼びかけます。

 現代のミサに見られるワインをイエスの血と、パンをイエスの肉として摂るのも、こうしたイエス神格化の流れに沿うものです。律法を守れと説いたイエスが人肉嗜食を思わせるこのようなことを主張したとは考えられないとは既に書いたとおりで、これもパウロが創作したことです。

 私の少ない知識からも、パウロの主張はイエスと全く一致しないように思えてなりません。驚くべきことに、パウロはイエスの肉声について全く触れていないことも指摘して良いでしょう。

 今日の私達が見るキリスト教は、実のところパウロが作ったと言って良いほどです。その1つの現われが、新約聖書に収められている文書の半分以上がパウロの手になるとされていることです。もっとも、パウロ書簡は12通収められていますが、パウロ自身の手になると疑いないとされているのは7つだとか、いやそれも怪しいだとか、諸説あって素人にはもうわけの分からない世界ですが。

 また、コリント人への手紙でユダヤ人に教えを説く際にはユダヤ人のように振る舞い、律法を持たない人(つまり非ユダヤ人)に説く時には非ユダヤ人のように振る舞った、と自ら書いているように、パウロは無節操な人物でもありました。


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