2017年04月27日

キリスト教の成立 奇跡2 水上歩行の奇跡はブッダの奇跡の焼き直し?

 続いて水上歩行についてもどれほど似ているか見てみましょう。まずはゴータマの水上歩行のシーンです。

 雨季の雨が激しく降る日、ゴータマは屋外を歩きながら瞑想していました。カッサパという人物がゴータマが流されてしまったのではないかと心配して小舟に乗って探しに出たところ、ゴータマは水の上を歩いていました。カッサパは驚いてそこにいるのですか?と問いかけます。ゴータマは「私だ、カッサパよ」と答えます。ゴータマはカッサパのところにやってきて話をし、そこでの会話からカッサパはゴータマの方が優れていることを知って彼に帰依します。

 一方のイエスはどうでしょう。

 イエスは(理由はよく分かりませんが)弟子たちだけを舟に乗せて海に漕ぎ出させ、向こう岸に行かせようとします。夕方、逆風のために進めなくなった弟子たちを見かねたのか、イエスは水上を歩いてやってきます。幽霊かと何かと恐れた弟子たちに、イエスは「私だ、恐れることはない」と告げます。イエスが舟に乗ると風が止みます。

 実は、この時のイエスは、「歩いた」のではなく、「逍遥した」というのが正しいそうです。ゴータマがそうしていたのと同じように。舟の上から問いかけられて返す言葉も「私だ」で同じです。ただ、ゴータマの行動の方が筋が通っているように感じます。

『イエスは仏教徒だった?』から、両者に共通するポイントを引用しましょう。

1 イエスもブッダも一人で孤独な場所にいる。

2 宗教的な行(祈り、瞑想)をおこなっている。

3 水の上を歩きまわっている――パーリ語もギリシア語も同じ表現を使っている。

4 どちらの場合も水面が荒れている。

5 弟子/カッサパの物語である。

6 水の上には人の乗った小舟がある。

7 舟に乗った者は水の上を歩く人の姿に驚く。

8 舟に乗った者は水上を歩く者がだれかわからず、問いかける。

9 イエスもブッダも「わたしだ」と答えて自分を示す。

10 舟に乗った者は水上を歩く者を舟に乗せようとする。

11 イエスもブッダも船に乗り込む。


 この短いエピソードにこれほども似通ったところがあるのは確かに驚きです。ただ、仏典にはキリスト教的な、正当な聖典がなく何でもありですから、探そうと思ったら似ている逸話は見つけ出せるという可能性もあります。

 『イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 - 』に詳しいので、興味がある方はご覧になって下さい。

イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 -
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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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