2017年04月24日

キリスト教の成立 貧富の差が拡大 社会矛盾は終末の待望を生み、イエスは少なからぬ支持者を得る

 洗礼者ヨハネはエッセネ派に連なる可能性を述べました。イエスの修行も、まさにエッセネ派と同一の思想上にあるものです。イエスの言葉の中でも有名な「神の国は近づいた」は洗礼者ヨハネの言葉そのものであることにも注意しましょう。

 洗礼者ヨハネの教えを受けて布教を開始したイエスでしたが、生まれ故郷のナザレでは歓迎されませんでした。ただし、彼の家族はイエスの教えに従うようになります。福音書では家族にすら冷たく対するイエスの姿が描かれますが、弟のヤコブがイエス死後に教団を率いることになることを考えますと、親族はイエスの立場を理解したと考えるべきだと考えます。

 当時、ガリラヤでは貧富の差が激しくなっていました。イエスが説教に赴いたカファルナウムも同じで、経済環境の激変に伴い経済格差が広がっていました。背景にあるのは、領主アンティパスが建築したギリシア風都市ティベリアスの存在です。都市への食料供給のため、カファルナウムを含む近隣地域は経済が活発化していました。しかし、その富は限られた一部の人が握っていたのです。

 貧富の差は階級間に対立をもたらします。イエスはこのような中で、貧しい人々に向け、神は貧しくとも日々を真摯に生きる者をきちんと見守っており、行動を起こそうとしている(滅びの時は近づいたというメッセージはここに重なります)と告げたのです。洗礼者ヨハネが主張していたことと重なりますから、順序から言ってやはりイエスがヨハネから学び、それを他の人へ伝授したということになるでしょう。どうしてもこの事実を受け入れることが嫌だったルカは、洗礼者ヨハネの逮捕をイエスの洗礼の時期より前にしてしまうという改変を行っています。イエスにとっては不利な改変の存在そのものが、イエスが洗礼者ヨハネの洗礼を受けた証拠そのものです。

 カファルナウムにおいて、イエスは少なからぬ信奉者を得ます。12使徒やマグダラのマリアといった有名な人々です。マリア以外にも熱心にイエスの世話をする女性がいたことは間違いありません。そのほとんどは、教育を受けていない、貧しい人々でした。経済発展から取り残され、社会に不満を募らせていた人々でもありました。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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