2017年04月23日

キリスト教の成立 イエスの修行時代 砂漠で苦行を行い、悪魔の誘惑を退けるイエス

 義の教師の名前は明らかにされていません。一説に十字架につけられて処刑されたと言われますが、はっきりした根拠は無いようです。

 クムラン共同体に参加するにはいくつかの条件を満たさなければなりませんでした。未成年者や愚か者に加え、精神異常者や盲人、耳が聞こえない者や足が不自由な者も拒否されました。少なくとも10年間は律法や法令の教育を受けた、いわばエリートしか参加を許されなかったのです。

 彼らは祭司たちの富の独占を激しく批判しました。そのためにエルサレムから居場所を奪われたのです。

 大祭司職はしばしば賄賂によってやり取りされ、その職を得たものは犠牲獣の値上げ等で暴利を貪っていました。全ユダヤ人に義務付けられている半シュケルの神殿税を、祭司たちは都合よく自分たちだけは免除されているとしていたことも嫌われた要因です。

 クムラン共同体の残した文書にも彼らの貪欲さを非難する文言が見えます。

 こうしたところはイエスと共通点がありますね。弱者に対しての厳しさは対極的ですが。イエスは確かにラディカルな思想家だったかもしれません。しかし、弱者に対する目の温かさは特筆すべきものだったと思うのです。

 イエスはクムラン共同体と同じように荒野に向かうと、そこで40日間断食して祈りを捧げたと言われます。モーゼもエリヤも40日間荒野で修行したことを考えれば、イエスの行動は先行する預言者の行動の焼き直しです。エジプト逃亡がモーゼになぞらえたものですから、ここでも事実として考える必要は無いように思います。勿論、事実だった可能性もあります。

 荒野では悪魔に誘惑されるというイベントが起こります。空腹に苦しむイエスに対し、石をパンに変えてみせろと囁きます。イエスは「人間はパンだけで生きているわけではない。神の口からでる言葉によって生きるのだ」と応え、誘惑を拒絶しました。続いて悪魔は神殿の突端にイエスを立たせ、神の子というのなら飛び降りてみせろと囁きます。I can flyとばかりに飛び降りていれば歴史は変わったでしょうが、イエスは「神を試してはならない」と言って拒否します。最後に悪魔は高い山の頂上にイエスを連れていき、見ろ、人がゴミのようだと言います。違いました。神ではなく私を崇めるのなら、この世界全てをお前にやろうと言います。竜王の誘惑は世界の半分でしたから、随分と気前の良い誘いです。ところが、イエスは「悪魔よ、退け」と叫んで誘惑を振り払った、と言われます。

 これも、事実というよりは洗礼者ヨハネの仲間たち同様に苦行生活を行った際の苦労を象徴する物語と受け取るべきでしょう。

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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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