2017年04月15日

キリスト教の成立 イエスの誕生3 イエスの遺伝上の父はシドンのパンテラなる人物か?

 不義の子であるということは、人間の父親がいるはずです。『イエスの王朝』によれば、2世紀のギリシア人ケルススが書き残した記録に父親のものと見られる名前が登場するとのことです。その記録の中に、イエスが「パンテラの息子」と呼ばれているシーンがあるそうです。

 教会は、パンテラとは処女を表すパルテノスの俗語との説を唱えているのですが、先に書いた通り××の息子と書かれるのが自然な世界では、パンテラが父であると思われていた蓋然性は高くなります。つまり、イエスが生きていた当時、パンテラなる人物が父親だと囁かれていたわけです。

 そして、パンテラという名前の兵士が、まさにこの時期のローマ兵の墓碑銘に見えるのです。それによりますと、パンテラのフルネームはティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラです。名前からティベリウスの時代に解放された元奴隷であることが分かります。彼はフェニキアのシドン出身ですから、ナザレに近い土地の生まれですね。この墓に眠る人物がイエスの父とは限りませんし、実際にその可能性は極めて低いと思いますが、ローマ兵にパンテラがいたことは言えます。

 また、「アブデス」はアラム語で「神の下僕」を意味する名前のラテン語形であることから、ユダヤ人だった可能性も指摘されています。更に、ユダヤ人の墓にもパンテラの名前が見えるそうです。

 当時、ユダヤ人の住まう地域にパンテラという名前を持つ人が居たことは間違いないようです。

 面白いことに、福音書には理由の良く分からないシドン行きが記録されています。イエスは誰にも知られないようにシドンのある家にいたのですが、村人に気づかれてしまったというものです。そもそも、なぜ一般のユダヤ人にはなじみのないシドンに行かなければならないのかも福音書を読んでも理由がないので理解できません。父がシドン出身のパンテラだと仮定すれば矛盾は無くなります。興味深い逸話です。

 ヤコブではなく、パンテラ(ローマ兵だったかもしれません)が遺伝上の父と見られていたという伝承が2世紀というキリスト教成立初期に語られていたということは記憶に留めておいて良さそうです。



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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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