2017年04月12日

キリスト教の成立 前史7 大地震の際のヘロデの英雄的振る舞い ユダヤ地方の属領化とそれに伴う人口調査

 尚、『ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎 (中公文庫) - 』で、ヘロデ王の時代に大地震がエルサレムを襲った際の逸話が紹介されています。

 この地震で死者3万人余りと甚大な被害を受けたそうです。しかも、地震による混乱を奇貨としてアラビア人が攻め寄せてきます。軍は野外に宿営していて無傷ではありましたが、士気は失われていました。ヘロデ王は兵士相手に長広舌を振るいます。

 「神の働きに落胆するのは分かるが、人間相手に同じように慌てふためくのは意気地なし。むしろ、災害はアラビア人を陥れて勝利を得させようとする神の仕掛けた罠だと思う。仮に敗北しても地震の被害を超えることは無い」

 兵士たちは発奮し、敵を打ち破ったそうです。これが本当なら、指揮官としては合格ですね。

 ヘロデは前4年に死去します。独裁者の死に、さぞ人々は安堵したことでしょう。ユダヤの地は、彼の3人の息子が分割統治しますが、彼らは王号を名乗ることは許されませんでした。そしてまた、彼らは能力においても父親に劣っていたようです。父親ほど強権を振るえなかったためかもしれませんが。

 中でも暗愚なヘロデ・アルケラスが失政を重ねて紀元後6年にローマから解任されると、ユダヤは属州とされます。尚、この際に初の国勢調査が行われています。重要ですからここは覚えておきましょう。紀元後6年ですから、イエスはもう誕生し、幼児とも呼ばれない時期です。

 ヘロデの孫、アグリッパ1世が紀元後41〜44年にかけてユダヤ王となりますが、その後はローマの直接統治に戻ります。その22年後の66年、ユダヤ戦争が勃発、遂にユダヤは滅ぼされます。

 ここでヘロデ王の時代へ時間を戻ります。彼の名前は、ナザレのイエスと関連付けられたことで、恐らくは永遠に記憶されることになるでしょう。

 イエスの実在性について、実のところ疑問が存在します。というのは、キリスト教信者以外が書き残した同時代のイエスの記録が全く存在しないのです。例えばローマの処刑者リストにイエスの名があるわけでないし、ユダヤ教側の記録にもイエスは現れません。最初の文字記録と言って良い福音書も成立はイエスの死後数十年経ってからのことです。

ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎 (中公文庫) -
ソドムとゴモラの滅んだ日―旧約聖書の謎 (中公文庫) -


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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