2017年04月10日

キリスト教の成立 前史5 ローマ内戦のゴタゴタの際、上手く権力者に取り入ったヘロデが力を握る

 ローマのポンペイウスはちょうどこの頃、アルメニア遠征でダマスカスを占領していました。そのポンペイウスが絶好の機会とばかりに介入してきます。

 兄弟は2人ともポンペイウスの力を利用しようとしますが、アリストブロス2世は捕らわれ、ヒルカノス2世は王号を剥奪された上に傀儡政権のトップとしてエルサレムに残ることを許されます。こうしてエルサレムは独立を失い、ローマの傀儡を戴くことになったのです。

 この頃、エドム(イドゥメア)人のアンティパトロスが台頭してきます。

 状況が大きく変わったのは、ローマにおける権力闘争の結果、前48年にポンペイウスがカエサルに敗れたことから起こりました。機を見るに敏なアンティパトロスはカエサルを支持し、この功でユダヤ総督に任じられます。おまけにカエサルはアンティパトロスの2人の息子、長男ファエサルをエルサレム総督に、次男ヘロデをガリラヤ総督に任命します。ハスモン家のヒルカノス2世は大祭司職を認められましたので、政治と宗教で権威を分けたということになりますね。

 ヘロデはガリラヤでローマの支持者として民衆反乱を鎮圧したことに見られるように、ローマ側に立って功績をあげます。

 前44年にカエサルが暗殺され、ローマが内戦に忙殺されて占領地への監視が緩んだ隙に、ハスモン家のアンティゴノス・マッタティアがパルティア人の後押しを受けてガリラヤ、エルサレムを相次いで占拠します。ヘロデの兄ファエサルは捕虜となって自害して果て、ヒルカノス2世は耳を切り落とされます。大祭司には傷のないことが条件とされていましたので、ヒルカノス2世は資格を失ったことになります。

 ヘロデはローマに逃げ込み、マルクス・アントニウスの推薦によって元老院から属王に任じられます(これより前、父親のアンティパトロスはユダヤ人によって毒殺されていました)。ローマ軍を引き連れてエルサレムに戻ったヘロデは5ヶ月に渡る攻城戦の末にエルサレムを陥落させ、アンティゴノス・マッタティアを処刑してハスモン家を滅ぼします。


面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^

人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
posted by 仲井 智史 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
面白いと思ったら押して下さると嬉しゅうございます^^
人気ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村