2017年04月09日

キリスト教の成立 前史4 ファリサイ派、サドカイ派、そしてエッセネ派の存在について

 第2神殿時代と呼ばれるこの時期、ユダヤ教内でファリサイ派と呼ばれる勢力が力を伸ばしていきます。ファリサイとは、ヘブライ語で「分離された者たち」を意味する言葉で、由来ははっきりしません。彼らが律法を厳格に守るため、その他一般の人々とから自分たちを分離した者としていたという説があります。

 新約聖書ではナザレのイエスと論争を繰り広げる彼らですが、イエスの時代には実はイエスとファリサイ派の関係は悪くなかったとも言われます。福音書が書かれた時期の状況が遡って過去に投影され、イエスによるファリサイ派非難が生まれたのです。この辺りはもう少し後に見ることにしましょう。

 このファリサイ派、先述の通り律法を厳格に守る他、貧しい民衆に寄り添い、ヘレニズム文化の導入には批判的だったとされています。もう1つ有名な派閥であるサドカイ派は、富裕層を中心に信者を得ており、ヘレニズム文化の受容にも寛容だったと言われます。

 富裕層は支配層であるローマの人々と触れ合ったり、交易を通じて他国の事情を知っていたりしますから、アンチになりにくいのかも知れません。

 後にユダヤ人がローマに対して反乱を起こし、神殿が破壊されて故国からも逐われることになった際に、律法に重きを置いたファリサイ派は民衆の尊敬を集め、彼らを主流派の立場に押し上げていくことになります。

 ユダヤ教内の宗派では、最後にエッセネ派についても触れておきましょう。彼らは『歴史の中の『新約聖書』』の言を借りれば、「荒野の修行者」です。イメージとしては、ゴータマ・シッダルタが悟りを開く前に行った修行のような感じで、粗衣粗食に耐え、肉体的・精神的に厳しく己を律することで、神に対して義を見せようとする人々です。エッセネ派についてはもう少しの間、覚えておくことにしましょう。

 ハスモン家によるユダヤ支配は兄弟喧嘩で幕を閉じることになります。前67年、女王シュロムツィオン=アレクサンドラが没します。その2人の息子が王位を巡って争います。まずは弟のアリストブロス2世がサドカイ派の支持を得て王位につき、これに異を唱える兄のヒルカノス2世はナバテア人の支援を仰いでエルサレムを包囲します。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教の成立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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