2016年05月13日

ローマ 建国神話8 漁父の利を狙うアルバ・ロンガ、策を見ぬかれローマに併呑される

 フィデナテス人に呼応してアルバ・ロンガ人も軍を動かします。そして、フィデナテス人が来るとローマへの道を開けました。

 ローマ王ホスティリウスはアルバ・ロンガ軍の動きを見てメッティウス王はローマとフィデナテス人が戦うところを高みの見物としゃれ込み、勝った方に味方して漁夫の利を得ようとしていると見抜きます。ホスティリウスの方が上手だったのは、「アルバ・ロンガ軍は敵を側面から攻撃するために後退したのだ」と大声で叫び、味方を鼓舞すると同時にフィデナテス人に疑心を与えたことでした。

 フィデナテス人は混乱して後退を始めます。そこにローマ軍が襲い掛かったものですから堪りません。メッティウス王はローマが有利だと見るや、フィデナテス人に向かって攻撃を仕掛けます。とんでもない裏切り者です。フィデナテス人こそいい面の皮でしょう。

 勝利したローマ軍はその夜、何も知らずに眠りこけるアルバ・ロンガ軍を包囲します。こうなってはアルバ・ロンガは手も足も出ません。こうしてローマはメッティウスを捕えました。卑劣なメッティウスの足を2台の戦車に縛り付けると、戦車が別々の方向に走り出し、彼の体を引き裂きます。残虐な処刑方法と感じますが、これはなにもローマだけのことではなく、日本でも車裂きとして行われた方法です。中国でも古来行われていたことが知られています。後に秦を強国に導いた商鞅がこの方法で処刑されてく姿を見ることになるはずです(私の根気が続けば、ですが)。

 こうした犠牲を見ると、3人兄弟に決闘などさせずに最初から直接戦った方が犠牲は少なかったと言えましょう。これもローマが建国の英雄ロムルスの故郷を武力で併呑したことを正当防衛に装った話かも知れません。

 さて、亡国のアルバ・ロンガは破壊され、住民はローマに移されます。このことから、当時のローマにはまだ中央集権的な組織を作ることはできなかったこと、土地不足と人不足では後者が勝っていたことが分かります。ローマは敗戦国の人間でもローマ市民権を与え、それにより国としての活力を高めていきます。

 ホスティリウスの戦争はまだ続きます。ローマへ移住した人々とは別に暮らしていたサビニ人がローマ人を誘拐する事件が起こるとサビニ人と戦火を交え、他にも戦争を続けていきます。しかし、ローマで疫病が流行ったため、戦争継続が不可能になり、停戦を余儀なくされたこともあります。

 戦いに生きて歳を取ったホスティリウスは考え方が変わったのか、神を信じるようになります。早速先王ヌマの残した記録を参考にユピテルに祈りを捧げていると、神殿に落が雷ち、焼け死んでしまいました。よほど頓珍漢な儀式をして神を怒らせたか、はたまた今更虫が良すぎると判断されたのでしょう。


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ラベル:ローマ
posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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