2016年05月08日

ローマ 建国神話3 ならず者を連れて故郷を去ったロムルスとレムスの新都市建設とレムスの殺害

 復讐を遂げた2人は故郷を去り、新たな町を建設することにします。少なくともどちらかは残らないとヌミトルの王座を継ぐべき者が居なくなってしまう気がしなくもないのですが……。しかも、黙って残ってさえいれば、王の座は転がり込んでくるはずなのです。ご都合主義が感じられますね。

 ともかく、2人は人口過剰となって政情不安になりかけている故郷から不満分子を引き連れて、かつて捨てられた彼らが流れ着いたパラティウムへ、町づくりにでかけます。その地の牧夫が2人を助けていることを考えますと、そこには既に先住の人々が居たように思います。

 2人は集団を二分し、互いに競争しながら都市を作ろうとします。しかし、その過程で別れた集団はそれぞれロムルスとレムスをトップにした派閥へと変貌していきました。

 両派はさっそくどこに都市を作るかで揉めます。ロムルス派はパラティウムの丘を、レムス派はアウェンティヌスの丘を主張して譲りません。おまけに、新都市の名前を巡っても、ロムルス派はローマを、レムス派はレモラと、互いの領袖の名に由来する名前をつけようと争う始末です。

 ヌミトルの助言もあり、彼らの争いは鳥占いによって決着をつけることになりました。運命の日、アウェンティヌスの丘には6羽の、パラティウムの丘には12羽の鳥がやってきました。ロムルス派の勝利です。

 一説に、先に鳥を見つけたのはレムスだったので、当初の約束ではレムスの勝利だったのに、ロムルスはパラティウムの丘に鳥が多く来たことから勝手にルールを変更し、多くの鳥が来た自分の方が勝ちだと主張して弟から勝者の権利を奪ってしまったそうです。

 レムスは面白くありません。当然ですね。

 彼はロムルス派が建設した城壁を飛び越え、それを理由に殺されてしまいます。少なくともロムルスが直接に手を下したわけではないそうですが、生死を共にしてきた双子の兄弟の終着点がこれなのは少々寂しい気がします。

 前8世紀にはパラティヌスの丘とクィリナリスの丘には集落があったことは分かっており、それらが後に融合して1つの村となったことは分かっています。ネクロポリスもあったそうです。発掘調査より、小屋のような集落の起源は前10世紀には遡れるそうですから、やはり神話を文字通りの事実であると考えることは出来ません。ただ、融合がローマ建国元年とされる前753年4月21日からそう遠く離れてはいないことも明らかになっていますので、建国神話はこうした歴史的事実を踏まえているのかもしれません。実際にローマが独立したポリスとしての性格を示すのは前600頃とされています。


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posted by 仲井 智史 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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