2016年05月21日

ローマ 共和制の成立3 身体不可侵権を付与された護民官と初の成文法

 護民官は権力から無力な民衆を守る存在でしたから、富裕層の標的になりかねません。そこで身体の不可侵権が与えられ、誰も手を出せないことになりました。元老院に対してすら拒否権を持ちます。但し、独裁官には拒否権を持ちませんでした。独裁官という国が危機的状況にある場合にのみ個人に絶大な権力を与えて意思決定に要する時間を削るという趣旨から考えると理に適っています。ローマの制度が考えぬかれて生み出されたものであることが分かります。

 成文法にも触れておきましょう。ローマは基本的に不文律からなる慣習法が運用されていました。特に古代、法律は執政官の恣意的な裁量に委ねられていましたから、貴族に有利な制度でした。前5世紀半ば、こうした不平等を是正するべく定められたのが、12条からなる成文法です。制定にあたっては執政官のアッピウスをはじめ、富裕層からなる10人委員会が組織されました。メンバーの中には3年間ギリシアへヘロンの法等を学びに行った者も居ました。まず10の条文からなる法案が作られ、民会で承認されます。

 一旦10人委員会は任期を終えて解散となり、次の委員会が結成されます。アッピウスはただ1人再選を目指し、新たにできた委員会によって更に2つの条文を加えて初の成文法が完成しました。こうして作られた12表法を紹介しておきましょう。

1:訴訟に関する定め 原告が被告を法廷に召喚したら、被告は出廷の義務を負う。出廷しない場合、原告は被告を強制的に出席させる。

2:証人が出廷しなければ、3日置きにその人の家の前で出廷を呼びかけることができる

3:借金の返済義務を宣告されたら30日以内に支払う。支払いが滞ったら力ずくで捕らえることができる

4:奇形の子供は殺すものとする、父が息子を3度売ったら親子関係は認められなくなる、その他遺言に関する定め。父の死後10ヶ月を過ぎてから生まれた子は相続権を認められない

5:女性は成人しても後見人の監督下に置かれる

6:財産の保証 動産の法的権利は所有後1年間、不動産は所有後2年間。夫に支配されたくない女性は毎年3日続けて留守にすれば良い

7:他人の農場の木が自分の土地に枝を伸ばした場合には法的措置が可能。一方、落ちた樹の実は木の所有者のもの

8:障害を与え、和解が成立しない場合には報復を受ける。夜間の窃盗犯殺害は無罪。日中は違法。武器で攻撃してきた場合はその限りではない。夜間の集会禁止

9:裁判官が賄賂を受け取っていた場合、処刑される

10:遺体を市内で埋葬ないし火葬してはならない

11:平民と貴族では結婚できない

12:国民の裁定は法的拘束力を有する


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2016年05月22日

ローマ 共和制の成立4 法律を作った当事者が法律を縦横に使って圧政を敷く皮肉

 11番目の法はすぐに廃止されています。その理由は明らかですね。また、富裕層からなる10人委員会が富裕層を守ろうとしていたことが分かります。また、8条の「和解が成立しないなら報復を受ける」という条文からは、裁判を国家が主導するのではなく、現代日本で言う刑事訴訟も民事訴訟のようにして解決されていたことが見て取れます。

 現代と異なる大きなところは、家族の中で父親だけが法的に権利を持つことです。子供の生殺与奪すら父親が握っていました。父が育てないと決めた子は、死ぬか売られるかしかありませんでした。妻の結婚持参金すら夫の管轄下に置かれました。ただ、妻の持参金は離婚する際には返さなければなりませんでしたから、離婚は少なかったそうです。その代わりに、男は浮気していたわけです。一方で女性の浮気は厳しく罰されましたから不平等なものでした。

 10人委員会は権力を独占します。しかし、彼らは法の下の平等といった近代的な概念を決して持ちませんでしたし、権力を私しないだけの高潔な人物たちでもありませんでした。彼らは仲間内には有利になるよう裁定を下し、控訴は認めませんでした。これでは法律を背景にした独裁制と代わりがありません。彼らは任期が切れても引退を拒否したり、後継者に譲ったりし、権力を手放すことをしませんでした。

 彼らはあっという間に人望を失っていきます。サビニ人とアエクウィー人に攻められた際に民衆は彼らの指導の下に戦うことを拒否しているほどです。当然ですね。

 アッピウスがどうしてこれほど人望が無かったのかは、破滅の模様を見れば明らかでしょう。彼は100人隊長のウェルギニウスの娘ウェルギニアに恋慕します。しかし、彼女には既に婚約者がいました。一計を案じたアッピウスは、ウェルギニアは自分の家の奴隷の生まれだが、連れ去られたのだと主張します。奴隷の子は主人の所有物ですから、これが正しければあっピウスはウェルギニアを好きにできる、というわけです。誰もがおかしいと思う裁判でしたが、アッピウスの部下はアッピウスの主張を認める裁定を下しました。ウェルギニウスは娘の貞節を守るため、自らの手でウェルギニアを殺害しました。



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2016年05月23日

ローマ 共和制の成立5 ウェルギニウスの自滅と高潔の士カミルスの対照的な人生

 幾らなんでもこの行いは卑劣です。ウェルギニウスは民衆の力を借りて反乱を起こします。10人委員会は平民に引き渡されないことを条件に屈服します。アッピウスはウェルギニウスに捕らえられます。アッピウスは、自由人を不正に奴隷にしてはならないとの法律を盾にとって裁判を起こしますが、権力を失ったかつての支配者に味方は居ませんでした。敗訴し、彼がかつて嘲った牢獄に入れられます。望みを失ったアッピウスは自殺して果てました。前449年のこととされています。

 第二次世界大戦の際、日本はインドネシアを占領すると、オランダ人がインドネシア人の政治犯を収容するために作った地下牢へ入れています。そこは不潔で不快で、オランダ人たちは猛抗議しています。勝手な話ですよね。他人にするのは良いのですから。アッピウスの勝手な振る舞いは、他人を見下したらどこまででも人間は残酷になれる、悲しい証拠なのでしょう。

 卑劣な人物のことを書いて少々食傷気味ですので、今度は高位に上りながら高潔な人柄で知られたマルクス・フリウス・カミルスに触れておくことにします。

 12表法成立により、ある程度は富裕層と市民の差は埋まり、執政官と護民官による体制でローマの一体感は過去よりも高まっていました。しかし、それは近隣諸国との関係とは関係ないことです。相変わらず、ローマは敵対的な勢力に囲まれていました。特にエトルリアの都市ウェイーはローマから近く、優れた技術力を背景に大きな脅威でした。

 攻撃は最大の防御、という面は確かにあります。カミルスは金城湯池と謳われたウェイーへ遠征し、10年間も攻囲戦を続けました。これだけ長い戦争状態は、まだ小さなローマには大変な負担でしたから、カミルスは独裁官に選ばれます。彼はウェイー中心部へ向けて地下を掘り進み、陽動作戦として城外から一斉攻撃を仕掛けると同時に地下道からも町に侵入します。こうなると防御側には勝ち目がありません。町は陥落して住民は奴隷とされ、神殿は略奪を受けて女神ユノの像はローマに運ばれました。

 大勝利に気が大きくなったのか、カミルスは凱旋式で白馬4頭立ての戦車に乗るという失策を犯します。白馬の曵く戦車は神々の乗り物を意味していましたから、冒涜と受け止められたのです。


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2016年05月24日

ローマ 共和制の成立6 カミルスのローマを逐われ、優れた指導者に欠けたローマはケルトの侵略を受ける

 こうしたミスはありましたが、ローマはまだまだカミルスを必要としていました。ローマがウェイーを飲み込んで強大化しつつあることに、他のエトルリア系都市が恐れを抱くようになり戦争が続くのです。前394年、ラティウムのファレ―リが軍を動かします。カミルスは応戦すべくファレーリへ向かいますが、肝心のファレーリ軍は名将カミルスが指揮官であると知ると籠城してしまいます。籠城戦となったある日、有力者の子弟の家庭教師を務める男が教え子たちを連れてカミルスを訪れ、子どもたちを人質に取れば町は降伏すると申し出ます。不快に思ったカミルスは子どもたちを見張り役にこの教師を町に送還し、ローマは卑怯な手を使わず堂々と戦うと告げさせます。ファレ―リの人々は感じ入り、戦わずに降伏する道を選びました。

 良い話に見えますが、この解決に不満を抱く者も少なくありませんでした。兵士はファレーリを落として略奪を働くつもりだったため、戦う前に降伏させたカミルスに対し、有る事無い事を触れ回ります。結局、カミルスは戦利品分配で違法行為があったとして告発され、亡命に追い込まれてしまいました。

 カミルスはローマを出る際、神々がもしこの追放を不当なものだと思うならローマがいつか自分を再び必要とするようにして欲しいと祈ります。

 祈りが通じたのか、ローマはカミルスの優れた手腕を求めることになります。

 前387年、ケルト人の部族がローマ近くのキウジという町まで攻め寄せます。キウジから和平の仲介として招じられたローマの特使が、中立の立場を放棄してキウジ軍に参加して戦うことになったことからケルトとローマの戦いは不可避になります。ケルト軍はローマ軍の側面を迂回して包囲し、散々に打ち破ります。そして、守備隊を失ったローマは陥落してしまいました。前387年7月18日、ローマ建国から366年後のことです。

 カンピドリアだけは陥落を免れますが、首都が荒らされるのに耐え切れず、ローマはケルト人に賠償金を支払い、和睦することを決めます。

 ローマ側の賢いところは、和平交渉と平行してカミルスを呼び戻したことでしょう。彼らの判断の正しさはすぐに示されました。和平交渉の際、ケルト側は賠償金として受け取るための金の秤量に使う秤に不正を仕込みます。ローマ側がそれに気づいて抗議しますが、勝利に驕るケルト側は「敗者に禍あれ」と一蹴します。


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ラベル:カミルス ローマ
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2016年05月25日

ローマ 共和制の成立7 カミルス帰還しケルトを撃退

 カミルスが帰国したのは将にこのような時でした。彼は「ローマ人は金ではなく剣でお返しする」と宣言し、交渉を打ち切りました。名将が軍を率いたためか、ローマ軍はそれまでの劣勢を跳ね返し、ケルトを撃退します。更に続いてラテン人とウォルスキー人も撃破、ローマを滅亡の淵から救い上げます。

 尚、この時の戦いを元にローマはファランクス戦術を捨て、白兵戦戦術が磨かれたとされます。ローマ軍のファランクスは、マケドニアのサリッサより随分短いもので、2.45メートル程度でした。投げるのではなく、敵を突き刺すのに使われていました。この長さのせいで、マケドニアのファランクスより打撃力が劣ったのかもしれません。当初は市民を戦争時のみ徴用していて、軍務につくのは長くても1、2ヶ月でしたから、マケドニア式ファランクスを組織するには訓練時間が全く足りなかったからかもしれません。

 ファランクス戦術を放棄した後は、1つの軍団は4,200(平時)から5,000(戦時 但し、更に増員されることもありました)に加え、300の騎兵が組み合わされるようになります。騎兵は30騎からなる小隊10から成り、小隊は更に3つに分けられました。こうすることで小回りが効くようになったのです。武装も同様の狙いから軽装になっていきました。

 部隊は3つの戦列に分かれた隊形を組むようになります。特徴的なのは市松模様の布陣です。軽装兵が前哨として隊列の前に並び、両翼を騎兵が固めます。そしてハスタティ、プリンキペス、トリアリと呼ばれる3横列の陣が組まれたのです。各隊列は小隊ごとにまとまった集団が一定の間隔を開けて配置されました。最前列の隙間は2列目の隊が、2列目の隙間は3列目の隊がカバーするように並びます。

 こうした陣形の訓練を重ねたことは第2次ポエニ戦争の最終局面におけるザマの戦いでカルタゴの戦象をうまく戦列の間を通り抜けさせての無効化に繋がっているかもしれません。

 横隊はまず1列目のハスタティが攻撃を仕掛け、疲れたら2列目と交代します。更に2列目のプリンキペスも疲れたらトリアリの出番です。こうして常に意欲に満ちた兵士を最前線に集中させることができるようになり、短期決戦だけではなく長時間の戦いにも対応できるようになりました。もっとも、実際にはトリアリは予備戦力的なもので、高年齢の兵士が多く、実際に使われることはほとんどありませんでした。カンナエの戦いでは、トリアリの多くは野営地に残されていたほどです。

 この頃のローマ軍はギリシアと同じく武具は自弁でした。富裕層は立派な武具、普通の兵士は軽装でしたから、ギリシア同様に地位によって活躍の度合いは大きく違ったでしょう。


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