2015年03月02日

有史以前 火の利用1

 武器と並んで、人間だけが使いこなすことに成功している技術に、火の利用があります。

 SF作家として知られるアイザック・アシモフは、また生化学者でもあり、優れた科学系の著作も多く残しております。その中の一冊である『化学の歴史』の中で、"人間は、火をおこし、それを保つすべを身につけた時に、化学変化を自分のために計画的に起こすことができるようになった(歴史上これを「火の発見」と呼ぶ)"と喝破しています。

 実際、火の利用は暖を取る、獣を近寄らせないといった働きも重要だったのでしょうが、料理ができるようになったことは死活的に重要だったでしょう。焼き物、揚げ物、煮物、炒め物。こうした料理は全て化学反応の世界です。化学反応論の世界では、一般的に温度が10℃上がると化学反応は2倍進むと言われます。煮物で100℃を実現しただけで、常温(ここでは20℃としましょう)の2の8乗倍、即ち256倍のスピードで反応が進むわけですから、偉大な力です。200℃だと、262,144倍です。揚げ物が煮物と全く違うのも頷けますね。

 火を使うようになったことで、人類はそのままでは食べづらい食べ物を美味しいご馳走に変えることに成功しました。穀物です。ふっくら炊きあげた白米、もちもちのパン、うどん・蕎麦・ラーメン・スパゲッティといった麺類、煮豆。これらは加熱が無ければそのまま食べるのは困難です。麦は小麦粉にしたとしても、小麦粉を水で溶いただけのものを食べるのはしんどいでしょう。ところが、ここに加熱という技術を用いると、美味しい食べ物の出来上がりです。

 『理屈で攻める、男の料理術―食材と調理法の基本をきわめる - 』では、それを"デンプンの魔術"と称しています。デンプンはアミロースとアミロペクチンからなります。アミロースは水溶性、アミロペクチンはもっと耐水性があります。水とともに加熱するとアミロースが溶け出し、その隙間に水が入っていきます。こうした、水が浸透する過程をゼラチン化と言います。このお陰で柔らかく、美味しい料理ができるようになるのですね。


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2015年03月03日

有史以前 火の利用2

 加熱には、おいしい食事を提供できることに加えて、殺菌作用という大きなメリットもあります。生肉には大量の病原菌や寄生虫が潜んでいますから、これを加熱して安全な形で食べられるようになったことは、味覚だけではなく健康にも大きな福音だったはずです。

 火の力が圧倒的だったがために、ギリシア神話ではプロメテウスが人間に火を与え、ゼウスがそれを不快に思ったエピソードがあるのでしょう。

 火を扱う技術は、土器をも生み出します。それは煮炊きにも力を発揮しましたし、貯蔵もまた姿を変えることになります。液体を溜め置くことのできる容器が生まれたことは、文化の一つの大きな形である、アルコールの誕生にも結びつくのです。こちらについてはまた後に詳しく論じましょう。

 尚、発見されている最古の壷は、縄文土器ということです。中国北部でも同時期の土器が出土しているそうで、どちらが先とも言い切れないようですが、ここは互いに優れた技術を身に着けたと褒め合うことにしましょう。特筆すべきは、あの文様でしょう。縄の結い方も様々で、余りにも特徴的なので25年程度まで土器が造られた年代を絞れる時期まであるそうです。

 土器の底に残った焦げから、土器を得た縄文人は木の実に加えて貝類も多く食べるようになったことが分かっています。あく抜きをしなければ食べられないようなものまで食事に組み込めるようになったのも大きいでしょう。ただ、この技術は世界中に広まっていったわけでは無く、世界の各地で土器は発明されていったようです。

 鍋を囲みながらビールを飲むような際には、火の有り難さに思いを馳せるのも良いかもしれません。

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで -
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理屈で攻める、男の料理術―食材と調理法の基本をきわめる -
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化学の歴史 (ちくま学芸文庫) -
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100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -
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2015年03月04日

有史以前 暦

 武器の発達と同時期、人類はまた別の新たな知を得ていました。時の移り変わりを記録し、現在と未来を知ろうとするようになっていたのです。

 フランスのドルドーニュで発見された3万年ほど前のものと推測される骨には、月の変化を示すと見られる溝が刻まれていました。1万3000年前の遺跡からも、同様に月の満ち欠けに対応すると見られる刻み目が付けられています。これを原始的な暦として良いのかどうか論争があるそうですが、この頃には既に月の満ち欠けの周期は知られていたでしょう。そして、月の満ち欠けが12回繰り返される頃、同じ季節が巡ってくることもまた、分かっていたことでしょう。2万7000年前の「ローセルの地母神」という像には13の刻み目の付いた角を手にした女性像が掘られているそうです。月の満ち欠けがおよそ29.5日周期であることを考えると、これは一年間の月の満ち欠けの回数を記録したものとも言えるでしょう。

 月を利用した暦は、満ち欠けの回数を記録してあれば、あとは夜空を見上げれば今がどの時期なのかを教えてくれる利便性がありますので世界中で使われてきました。

 そしてまた、人々は月を用いた暦では不十分であることにも気がついていたはずです。地球が太陽の周りを一周するのに、平均して約365.24日かかるのに対して、月の満ち欠けの周期は29.53日ですから、月の満ち欠けが約12.37回繰り返されると一年が過ぎます。12回で一年だとすると、354日で一年間ということになり、11日が余ってしまいます。そこで、何年かに一度、閏月を挿入するといったような調整を行うことで、ズレを解消する方法が考え出されていきました。といっても、こうした努力がはっきり分かるのは、文字で苦労の跡が記されるようになってからですので、また後にこれについては論じることにしましょう。

 ただ、ここでは文明の始まりであるシュメールにおいては、360日の暦が使われてきたことを記しておきましょう。1日を24時間に分けるのも、同じくシュメールで行われていたことです。その起源がどこにあるのかは分かっていないそうですが、シュメールが60進法を使っていたことが関係しているのでしょう。なお、太陽暦の使用は、エジプト文明を待たなければなりません。

 いずれにしても、人類は周期的に訪れる季節を記録することで、未来を考える力に磨きをかけたのでしょう。あと1回月が満ち欠けしたら暖かくなるから、食べるものが容易に得られるようになるだろうとか、寒さが訪れるまであと僅かしか無いので今のうちに備えておこう、と考えて、実行に移せるようになったに違いありません。

暦をつくった人々―人類は正確な一年をどう決めてきたか -
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2015年03月07日

ブックガイド1

 私は研究者ではありません。従って、このブログに掲載される記事は全て、私が読んだり聞いたりしたことをまとめているものです。興味を持って頂いた方に参考になればと、節目節目でブックガイドのコーナーを設けます。もっと深く知りたい分野ができたという方は、是非参考にしてみてください。

 では、幾つか紹介を始めましょう。

世界最古の物語―バビロニア・ハッティ・カナアン (現代教養文庫) -
世界最古の物語―バビロニア・ハッティ・カナアン (現代教養文庫) -

 世界最古の物語と言われることもある、ギルガメシュ叙事詩が収められています。

 彼の冒険譚は、人生では避けることの出来ない友人との死別の苦しみから、なんとか逃れたいと願う人の心が描かれています。人が死すべき生命であることを考えますと、どうしても不可能な旅になります。途中で何度もギルガメシュは不死を求めるような無駄なことは止めて、今の生を楽しみなさいと促されます。彼は忠言に耳を貸しませんが、最後は遂に不可能であることを悟ります。これは間違いなく、自分や親しい人の死は受け入れなければならないという諦念を表していますね。

 私が面白いと思うのは、この叙事詩では死後、魂が永遠に残るとは考えていないように見えることです。それは神にだけ与えられた特権のように見えるのですね。バビロニア人の死生観が分かります。

 また、この物語には、語り継がれる物語が備える天をしっかり持っているように思います。ですから、今読んでも古さを感じないのです。神話や伝承がお好きな方にはお勧めです。


飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで -


 飛び道具と火は、武器を持たない人類を生き延びさせる原動力になりました。投石、槍、矢と言った、人類の黎明期に生まれた技術ですら、多くの動物を絶滅に追いやる威力を持っていたのです。そして火は、寒さや夜間の動物の襲撃から守ってくれるだけではなく、安全で美味しい食事も与えてくれました。

 火薬によってこの2つが結びついてからの人類の躍進は、改めて述べるまでもないでしょう。

 映画『2001年宇宙の旅』の冒頭部分において、類人猿が骨を棍棒代わりにして相手を打ち倒したのが人類が道具を使い始めたシーンとして描かれました。その骨は高々と投げ上げられ、くるくると回転しながら宇宙ステーションへと姿を変えていくのは、文明の辿った道を端的に表しているのかもしれません。

 飛び道具と火という切り口からの人類史も面白いものです。


100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -
100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -

 世界を支配したイギリスが、世界中からかき集めた歴史的遺物が大量に収められているのが大英博物館です。膨大なコレクションの中から、100のものを取り上げて、それらが人類史において持つ意味を優しく解説してくれています。

 ギルガメシュ叙事詩の刻まれた粘土板、石斧といった中に、遥か古代の人々が既に深く美に魅せられていたことを示すような、イタリアからはるばるイギリスまで運ばれた翡翠の石斧や、実用的とは思えない飾りのついたものがあることに驚きを感じますし、昔も今も人は変わらないのだと嬉しくもなります。写真も豊富なのも有難いところです。

 しかも、きちんと世界中を扱おうという姿勢が見えるところも良いです。ヨーロッパや所謂4大文明だけではなく、新大陸や日本からの物も取り上げられています。古代史に興味がある方はきっと楽しめることでしょう。


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2015年03月09日

有史以前 家畜化 イヌ1

 人類最良の友と言われることもある、イヌ。その祖先はタイリクオオカミ(ハイイロオオカミとも)です。犬は最も早い時期に家畜化された動物で、人との共生は少なくとも1万5000年以上遡ることができます。どこでその共生が起こったのか論争は続いていますが、2013年にサイエンスで発表された論文によると、1万9000年から3万年ほど前のヨーロッパであるとしています(他にも東アジア説、西アジア説、メソポタミア説等があります)。

 遺伝子の違いを調べると、イヌとオオカミではたったの0.2%しか違いが見られませんので、イヌの学名はオオカミに吸収されてしまった程です。1万5000年と聞くと長い時間が過ぎたように感じますが、遺伝子の変異という点ではそんなことはないのですね。

 イヌとオオカミで遺伝子がほぼ同じということは、様々な犬種はあれどもその差はイヌとオオカミの差よりもっと小さいということになります。大型犬と小型犬、ブルドックのように平たい顔の犬まで実に多くの犬種があるのは、胎児から子犬にかけての発達を司る遺伝子の変異が原因です。

 また、遺伝子の僅かな変異の結果、イヌはでんぷんを分解するための酵素、アミラーゼを持ちます。そのため、人類が農耕を始めてからイヌが家畜化されたと唱える説があります。狩猟採集を行っていたところだという説もありますが、前者の方が説得力があるように感じます。皆様はいかがでしょうか?

 因みに、イヌは甘みを感じることができます。味を感じるための味蕾という器官がありますが、約2000個(人間の1/5程度)程度の味蕾の中に、甘みを感じるものが見つかっているのです。これは澱粉を分解できる能力と関係がありそうですね。更に余談になりますが、ネコは甘みを感じられないとされています。そんなこと言うけど、ネコも甘い物を食べるよと思われるかもしれませんが、ネコは出されたものを食べているだけで、好んでいる訳では無いとされます。ただ、脳のエネルギー源になるのはブドウ糖だけですから、与えて悪いわけでは無いでしょう。同様に、魚も好んで食べるわけではありません。本来の食性に近い肉を与えるほうがバランスは良いと言われますのでご注意ください。

 人間が感じることができる味は、甘味、苦味、酸味、塩味の4種類と長く思われてきましたが、5番めの味覚として池田菊苗さんにより旨味が発見されています。イヌのほうがネコよりも人間に近いということですね。人間は味蕾が多いので、お陰で私達は食事を楽しむことができるのかと思うと嬉しくなります。尚、味覚は亜鉛不足によって感受性が落ちてしまいますので、豊かな味わいを楽しむためには亜鉛の摂取量に気を付けたほうが良いでしょう。

 私が初めて一緒に暮らしたイヌは心臓が弱く、薬が欠かせなかったのですが、錠剤の薬を餌に混ぜても実に器用に錠剤だけ残していました。チーズに包んでも、チーズだけ食べてしまうのです。どうせ10秒の食事なのに(笑)。イヌは口の構造上、上下には動くが前後には動かないためほとんど丸飲みしか出来ないのに何で?と今でも思ってしまいます。薬を残す問題は、錠剤から液体にしてして、注射器で口の中に注入するようにしたことで解決しました。同じ問題にお悩みの方は挑戦してみてください。


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