2015年02月23日

はじめに

 科学史には、金地の大文字で書かれるべき大発見を成し遂げた人が多く存在します。その中でも最大級の賛辞を浴びる資格があるのがニュートンでしょう。今に至っても、彼の見出した重力理論は日常生活においてなら全く問題なく機能しています。

 そのニュートンはロバート・フックに宛てた書簡の中で、自分が大発見を為すことが出来たのは巨人の肩に乗っていたからだ、と(ニュートンにしては珍しく)謙虚に述べています。巨人というのは、彼の前に存在した数多の先人たち。そうした人々が積み重ねた知があったからこそ、自分は大発見ができた、というのです。最も、彼よりも先に同様の言い回しが使用されていたそうではありますが、彼に文辞の面でオリジナリティを求めても仕方がないでしょう。

 今は、そのニュートンの時代よりも遙かに知が積み重なっています。当時なら、世界でも有数の天才的な数学者がなんとか扱っていた数学的なテクニックは、今では微分積分として高校生が当たり前に扱うレベルになっておりますし、彼に続いて大書されるべきアインシュタインの理論ですら、高校の数学レベルの知識で導くことができるのです。

 先人たちが切り開いてきた知の地平。私はそうした世界に長く興味を持ってきました。ここでは、私の得た狭い知識を整理する場にしたいと思います。

 扱う範囲は、私の興味が赴くままになります。基本的には歴史と科学史が中心になると思いますが、神話や伝承にも話が及ぶこともあろうかと思います。あるいは人物伝であったり、単なるトリビアであったりするかもしれません。とりとめのない話に終始するかもしれませんし、そんなの知ってるよと思われることしか書けないかもしれません。所詮はどこかにある情報を纏めただけ。それは仕方がないことでしょうが、自分なりに満足のいく形に仕上げようと思っています。終着点は今の時点では全く考えておりませんが、書きたいことを書き尽くした時が終わるときでしょう。長い目でお付き合い下さるととても嬉しく思います。

 とは言っても、こちらも専門家ではなく、一介の素人に過ぎません。間違ったことがあればご指摘を頂けると非常に嬉しく思います。また、できるだけ参考文献を挙げるように致しますので、もし興味をお持ちになられましたら、是非とも手に取って頂きたいと思います。本に例えるなら、入門書がごたまぜになったようなブログを目指そうと思います。

 怠惰で無知な自分にどこまでできるかは分かりませんが、お付き合い下さると幸いです。では、御託はこれまでにして、始めようと思います。

 どうぞ宜しくお願い致します。


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posted by 仲井 智史 at 21:31| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

序章 ギルガメシュ叙事詩1

 人は、いつから「知りたい」という欲求を持つようになったのでしょうか?私は勝手に、遥か昔からだと考えています。

 何を食べることができて、食べては行けないものは何か?いつ、どこに狩りに適した獲物が居るのか?どうすれば冬の厳しい寒さを耐え凌げるか?危険な猛獣や敵対的な集団から避けるにはどうしたら良いか?こうした問いについて答えを知っていることは、我々自身の遠い先祖にとって、死活的に重要だったことでしょう。

 狩りや採集で十分な食料が確保できれば、彼らの問いかけは、もっと遥かに抽象的なことに向かいました。

 太陽はどうして毎日上り、沈むのだろう。時たま起きる日食や月食とは何なのだろう。目の前に広がる世界はどうしてこのような姿をしているのか。

 こうした問いかけの中でも最も切実だったものは、「どうして人は死ななければならないのか?」だったのではないでしょうか。

 「世界最古の物語」と呼ばれることもあるギルガメシュ(ギルガメッシュ、ビルガメシュとも訳される)叙事詩をご存じでしょうか?ギルガメシュは、紀元前2600年頃にメソポタミア(現在のイラクに当たる)の都市ウルクに実在した王だと考えられています。彼はいつしか壮大な物語の主人公となり、神話とも結びつけて語られたのがこのギルガメシュ叙事詩です。

 少し話は脇道に逸れますが、太古の話を読む際には気をつけておくべきことがあります。それは、より後代に付け加わった新しい話は、過去に挿入されるということです。何故でしょう?それは、近い過去は既に逸話で満ちているから、付け加えることが出来ないからです。それと引き換え、まだ誰も語っていない過去は空白だらけです。そこに、後代の物語作者は新たな逸話を押し込めるのです。ですから、ギルガメシュ叙事詩にもこうした話が後代に加えられたと考えるのが妥当でしょう。

 雑談ついでに更に文章を割くと、どうしてギルガメシュ叙事詩が世界最古の物語かと言われるのかといえば、それはメソポタミアの地こそが、最初に文字を生み出した文明だから、です。それ故、他の地域や後の時代に与えた影響は極めて大きいものがあります。例えば、ノアの箱舟の物語のもとはこの地で生み出されましたし、バベルの塔のモデルになったのはバビロンにあったジッグラトと呼ばれる高層建築(8階建てのものもあった)と言われます。なぜメソポタミアの地で文明が花開いたのかは、それはそれで興味深い話なのでいづれ語ることにしましょう。

 因みに、40日間の大雨で高い山々の頂上まで水に浸かるようになるには、滝と見まごう程の降水量が必要とされます。ノアの方舟がたどり着いたのはアララト山と言われます。その標高は5,137mです。40日間は960時間ですから、時間あたり5m、つまり5,000ミリ以上の降水量が無ければこんな短期間ではアララト山の山頂まで水が溜まりません。

 昨今騒がれるゲリラ豪雨は1時間あたりの降水量が100ミリを超えるレベルですから、5,000ミリとなるとバケツをひっくり返したという比喩すら可愛く思える感じでしょう。最新鋭の航空母艦ですらもたないと言われますので、仮に方舟で逃げようとしてもひとたまりもなかったはずです。

 本題に入りましょう。ギルガメシュ叙事詩は、3分の2が神、残る3分の1が人であるというギルガメシュが辿る、喪失の物語です。内容についておおまかに述べますが、私が参照しているのは『世界最古の物語―バビロニア・ハッティ・カナアン』です。

 ギルガメシュは神の血を引いているため、強大な力を持っています。しかも、神の加護付きです。ところが、彼は力で支配をしていたため、民は神にギルガメシュと対抗し得る存在を求めます。まるで、乱暴者の故に高天原から追放されたスサノオのようですね。

 民の言葉を聞き遂げた女神(ここで女神が出てくるあたり、スサノオに対して怒りを表したアマテラスオオミカミを彷彿とさせます)はエンキドゥという野人を作り上げます。ギルガメシュととエンキドゥは戦い、エンキドゥがギルガメシュを投げ飛ばして勝負は付きます。しかし、この戦いで2人は仲良くなってしまうのですね。これが後に重要な意味を持ちます。

 では民の願いはどうなるのでしょう?続きは次回と致します。


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posted by 仲井 智史 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 神話・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月25日

序章 ギルガメシュ叙事詩2

 ギルガメシュは冒険が好きです。唐突なキャラクター設定ですが、そう書かれているので仕方がありません。もしかしたら、以下の物語と前節までのものは別々に成立したものを組み合わせたとか、前節はエンキドゥの存在を説明するために後に挿入されたか、はたまたこの間にギルガメシュが性格を大きく変えることになったエピソードが元々存在していたのが削られたかしたのかも知れません。この叙事詩は幾つかの物語を整理して完成されたと推測されていることを考えれば、最初の可能性が一番高そうです。

 さて、冒険を愛するギルガメシュは、神の森にある杉の木を切り倒そう、とエンキドゥに持ちかけます。その木はフンババと呼ばれる、一つ目でその目に見つけられた者は石にされてしまうという恐ろしい怪物が守っています。ギリシア神話のゴーゴンを更に凶悪にした感じですね。エンキドゥは無謀な冒険に反対しますが、ギルガメシュに半ば無理強いされるような形で冒険の旅に同行することになります。

 神の力も借りたギルガメシュとエンキドゥがフンババを倒すのですが、その後がいけません。ギルガメシュの力と魅力にすっかり参ってしまった女神イシュタルの求愛をギルガメシュが酷いやり方で拒み、エンキドゥもまた彼女を嘲ったため、彼らは神々の怒りを買ってしまうのです。結局、エンキドゥ神の力によって病に冒され、死んでしまいます。

 無二の親友エンキドゥを喪ったギルガメシュは不死を願い、旅に出ます。途中、何度もギルガメシュの望みは大きすぎて叶えられることはないだろうとの忠告を受けますが、彼は耳を貸しません。遂に彼は不死を得たという一人のウトナピシュティムという老人を探し当て、話を聞き出します。

 この時、老人が語る話の中に大洪水の説話があります。彼は遥か昔、神の警告によって大雨を知り、方舟を作って家族と家畜を乗せて7日間の大雨をやり過ごします。山に方舟が乗り上げた後で、水が引いたかどうか鳩、ツバメ、カラスの順に空に放ち、カラスが帰ってこなかったことで水が引いたことを知る件も、ノアの物語にそっくりです。元々は『アトラ・ハシース物語』にあった説話だそうですが、上手くストーリーに織り込まれています。

 結局、ここでも不死になる方法は得られないのですが、若返ることができるという薬草を手に入れることには成功します。ところが、彼が目を離した隙に、蛇がこの薬草を飲み込んでしまい、薬草は失われます。失意のギルガメシュは故郷のウルクに帰ります。ここでおまけがあって、薬草を飲んだ蛇は脱皮して若返ります。さり気なく、どうして蛇が脱皮するのかという謎への答えを織り込んでいるところが良いですね。

 ギルガメシュ叙事詩はフンババ退治まででも十分に面白い物語なのですが、この後があるからこそ語り継がれたのだと思われます。特に、不老や不死、死からの復活は決して叶えられることが無いと説くところが、この物語の核でありましょう。

 死者を復活させることは決して出来ないことだという諦観は、ギリシア神話でオルペウスが若くして死んでしまった妻エウリュディケを冥界に探し求め、遂に冥界の王ハーデースから彼女の魂を返してもらうことに成功しますが、「地上に出るまで決して振り返って妻の顔を見てはならない」と警告されたのに、地上の一歩手前でその禁を破ってしまい、永遠に妻を喪った話にも見えます。因みに、彼は後にヘラクレスらと冒険に出ることになり、死後に彼を悼んだアポロンの手によって奏でていた琴が天に飾られ、琴座となります。

 このギリシア神話と全く同じモチーフが日本の神話でも繰り返されます。妻イザナミを喪ったイザナギが黄泉の国に赴き、決して見てはならないと言われた妻の姿を見ると、そこには腐敗して蛆にまみれた姿があるため恐ろしくなって逃げ出す物語。但し、エウリュディケは冥府に連れ戻されるだけですが、イザナミは夫を追いかけ、黄泉平坂で逆に追い返されるという違いはありますが。

 いずれも、死はいつか必ず訪れ、復活はままらないことを教えています。

 人類で最初の文字を持つ文明が、既にこの考えに到達していたのは何故でしょう?私はそこに、人類の持つ普遍的な畏れや、いつか死なねばならないという不条理感を見ずにいられません。

 同時に、私はこの説話に人間の知りたいという欲望をも見ます。物語の最後、蛇が脱皮するのはギルガメシュの得た若返り薬を飲んだからである、という部分は物語の主題から大きく外れる、日常の何故に応える部分に見えます。ここも、きっと蛇が脱皮するのは若返りの薬草を云々という別の話があったのを上手く組み入れたのでしょう。結果、ギルガメシュの願いを打ち砕くという決定的なシーンになっているのはお見事と評するしかありません。

 今日はここまでと致します。


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posted by 仲井 智史 at 18:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 神話・伝承 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月28日

有史以前 飛び道具

 ギルガメシュ叙事詩にかこつけて、さりげなく蛇が脱皮する理由を説明してしまうほど、人が強烈に知りたいと思うのはなぜでしょうか?

 私は、人が牙や爪といった優れた武器を持たない、おまけに腕力ですら他の動物から見れば全く足りない、不利な状態で進化したからだと考えています。己の力だけでは十分に狩りすら出来ないような、非力さ。だから、彼らは食料を得るために仲間と協力し合わなければならず、同時にいつ・どこに行けば食べるものがあるかを知る博物学者として生きるしか無かったのでしょう。そしてまた、武器を自分で作り出す技術者でなければならなかったのでしょう。全て、知ることが重要なことです。こうした能力が生存に有利となって強化された結果、人は世界を知りたい、理解したいと願うようになったのではないでしょうか。

 閑話休題、人の先祖が生きるには、武器は必須でした。恐らく、最初に得られたものといえば棒と石くらいだったことでしょう。これらは何の苦労もなく得ることができます。棒であれば、折れ方によっては先端を突き刺すように使うこともできたことでしょう。そこから、槍の発明までは、そう大きな飛躍では無かったのではないでしょう。旧石器時代に武器として使われたことがはっきり分かっているのが、この槍と投石です。槍よりも遥か前から斧が使われていた証拠はあるのですが、投擲用の武器だったのか、獲物の解体に用いたのか、強度はなくとも棒に括りつけて武器と使用していたのか、議論があるようです。

 250万年前のエチオピアから、石器で肉をこそげ取った跡の残る骨が発見されています。また、骨は砕かれ、中の髄は食べられていたことが分かっています。斧のように見える石器は、こうした目的に使用されていたかもしれません。こうした肉食がヒトの脳を発達させた可能性も指摘されています。

 石と槍、2つの武器に共通する特徴は何でしょうか?それは、投げて使用することで、遠距離の敵を攻撃することができる、という点です。

 ヒトの進化を辿ると、人類の祖先アウストラロピテクスで手首の構造が大きく変わります。初期のアウストラロピテクスは前腕の拇指側にある、橈骨と呼ばれる長い骨の手首側の端に茎状の突起がありますが、これが後期アウストラロピテクスでは失われています。この茎状の突起はナックルウォーキングの際に体重を効率よく受け止めるためのものですので、アウストラロピテクスはナックルウォーキングから直立歩行へと移動方法を変えたと言えるでしょう。この時に、図らずもスナップを効かせてものを投げる能力が得られたのです。

 ものを投げる能力の獲得は、ヒト属を生き延びさせるのに無視できない、いや、それどころか欠くことのできない出来事だったかもしれません。

 投石という言葉の持つ原始的な響きから、その威力は軽視されるかもしれない。しかし、それは間違いです。今でも石打ち刑という、石を投げつけることによる処刑方法を採用している地域があります。キリスト教関連ですと、殉教者ステファノがこれで殺害されています。18世紀にサモア諸島に上陸したフランス人達は投石で12人の仲間を失う羽目に陥っています。同様の事例はカナリア諸島やオーストラリアでも見られ、いずれも正確さとダメージの大きさが記録されています。

 槍は一本の棒から作ることが可能です。ドイツのシェーニンゲンの遺跡から発見された木製の槍は、先端が鋭く尖り、重心も投げるのに適した全長の3分の1ほどのところにあるということです。

 槍は、長い柄の先に鋭利な切っ先を有すると考えれば、銃剣という形で今にも生きていると言えるでしょう。銃剣を投げつけることがないのは、それだけ離れた距離の敵相手には銃がありますから当然のことでしょう。槍は昔も今も、人類に無くてはならない武器だったのです。

 そこから矢が派生してきます。矢は、最初は弓と組み合わせて使うものではありませんでした。手で投げるものだったのです。アトゥラトゥルと呼ばれる道具を使うと、矢の発射速度を更に増することが出来ます。

 アトゥラトゥルとは、矢を収める溝と、矢を引っ掛けるための鈎状突起をつけた棒のことです。投げるときのスピードを上げるためにはどうしたら良いでしょうか?力を付ける?ええ、確かに。しかし、それには限界があります。それよりも、道具を使って回転半径を増やしてやることがより簡単です。アトゥラトゥルはまさにこのための道具で、棒の長さ分、腕が伸びたのと同じことになりますので、発射される矢は従来以上の破壊力を持つことになります。

 このアトゥラトゥルは、優れた武器をヒトの先祖に提供したという位置づけだけで済ませることは出来ません。なにしろ、2つ以上の部品からなる、初めての道具なのですから。その後で、弓が生まれるのです。なお、握りの部分が象牙で、美しい彫り物のされたアトゥラトゥルも発見されているとのことで、装飾に示す人の意欲という点からも興味深い話です。

 遠距離攻撃が可能な武器は、ヒト科の生物を一躍強力な捕食者へと変えました。その後、ヒトの到達した先々で、大型の動物が絶滅していきます。マンモス然り、巨大な陸生ナマケモノ然り。特に、そこに住む人々が脅威と感じるような、大型の肉食獣はことごとく数を減らします。捕食者が居なくなると被捕食者の楽園になるのではないかと思われるかも知れませんが、『捕食者なき世界』によるとそんな平和な話ではないようです。

 捕食者が居なくなると、草食動物が数を増やします。すると、植物は十分に育つ前に食べられてしまうようになります。捕食者が居なくなったことによって生物の多様性が失われた可能性が高いと見積もられているのですから、ヒトの進出は直接的・間接的に多くの生物を絶滅に追いやってきたと言えるでしょう。

 アメリカ大陸へ渡った人類は、しっかりと槍を携えていきました。ニューメキシコのクローヴィスで発見された1万5000年前の槍の先端部(尖頭器と言います)は、殺傷能力が高くなるように、表面は波状に加工されていました。そして、この尖頭器が現れるのと同じ時期から、大型動物は姿を消していきます。

 大型動物が絶滅した原因は環境が主因である、と唱える人も居ます。僅かな数の人がそれほどの力を発揮できたとは思えないこと、そして寒冷化して海抜が大きく下がりベーリング海峡が陸地になったり(ベーリンジアと呼びます)、再び温暖化してベーリンジアが海底に没するような大規模な環境変動があったことが理由です。後者の理由は説得力があるように思いますが、しかし、過去氷河期の前後でこれほど大掛かりな絶滅が起きていないことを考えると、主因は人類であると思った方が良いように思います。

 こうした話に興味をお持ちの方は『飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで - 』を是非手にとって見てください。


飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで -


捕食者なき世界 (文春文庫) -
捕食者なき世界 (文春文庫) -

人類進化の700万年 (講談社現代新書) -
人類進化の700万年 (講談社現代新書) -

100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -
100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書) -


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posted by 仲井 智史 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 有史以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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