2017年04月30日

キリスト教の成立 布教活動の後退 イエスの師、洗礼者ヨハネの無残な死

 終末論をふりかざして信者を集めるイエスと洗礼者ヨハネの活動は、専制的な分封支配者ヘロデ・アンティパスにとって脅威だったのです。ヘロデ・アンティパスはかのヘロデの息子でピラト管轄下にあってペレアを支配していた人物です。ヘロデの息子たちは王位を認められていなかったため、分封支配者なる地位が与えられていました。

 洗礼者ヨハネは砂漠にある要塞マケルスの牢獄に繋がれます。マケルス要塞は発掘されている。サロメが舞った宴会場のモザイクの床は今も残り、下の段には独房が残る。

 ただし、面会は許されていたようで、獄中でもイエスの活動の情報は得ていたようです。しかし、洗礼者ヨハネは獄を脱することは叶わず、ここで命を落とすことになります。

 洗礼者ヨハネの最期については、少々異常性の高い逸話があるため、大変に有名なものとなっています。

 ヘロデは弟の妻ヘロディアを娶ります。この際、洗礼者ヨハネは兄弟の妻を娶るのは良くないとヘロデに忠言し、睨まれていたのです。洗礼者ヨハネは不興を買って捕えられました。

 ヘロデの誕生日を祝う祝宴で、ヘロデにとっては姪にあたるヘロディアの娘(聖書は名を伝えませんが、サロメと言われます)が見事な舞を演じた際、ヘロデは褒美になんでも好きなものを与えよう言います。サロメが求めたのは、母の結婚を口を極めて非難した洗礼者ヨハネの首を求めることでした。こうして洗礼者ヨハネは首を切り落とされたことになっていますが、サロメの話があっても無くてもヘロデ・アンティパスは洗礼者ヨハネを処刑していたことでしょう。イエスが処刑される2,3年前のことです。

 うら若き女性が生首を所望するという異常なストーリーは世の芸術家の心の琴線に触れたようで、この逸話を扱った多くの芸術作品が残されています。美術館に行く際には頭に入れておきましょう。薀蓄タレと言われて敬遠されること、請け合いです。

 師のこのような死を迎えれば、ヘロデ・アンティパスがその弟子たちをどうしたいと考えているかは火を見るより明らかです。


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番外編 ハンニバルが巨岩を砕くのに水ではなく酢酸を使った理由について

 過去、ポエニ戦争 第2次ポエニ戦争 アルプス越え7 道を塞ぐ巨岩を破壊し、遂にイタリアへにおいて、岩を破壊するのに酢酸を使った理由が分からないとしてこのように書きました。

 酢をかけるのと同じ効果で、酢酸が岩に亀裂を生じさせたとされます。単に熱した岩に冷たい液体をかけたことで熱応力で破壊されただけのように思うのですが、もしかしたら酢酸の方が水より浸透力があったのかもしれません。生水は感染症の危険が伴うため、カルタゴ軍が水の代わりに大量のワインを運搬していても不思議はありませんから、単に手近にあった液体としてワインを使ったと思うのですが……。お詳しい方、情報をお寄せ頂けると嬉しゅうございます。


 それが先程、『科学が明かす古代文明の謎 - 』にこのような記述があることに気が付きました。

 冷却材として各種濃度のビネガーを二〇〇ccほど用意し、ほかに栓を抜いて三ヶ月放置し酸っぱくなった赤ワイン(酢酸一四%)もテストしてみた。主な点を述べる。
 工兵隊が峠路でぶつかった公算の大きな石灰岩(ジュラ紀、一・五億年前頃)で、もっとも大きな効果が見られた。またあらゆる岩石サンプルで、酢酸四〜七%程度のビネガーがもっとも効果があったこと、とくに発行して酸っぱくなったワインをそそいだばあい、岩はジュージューと音を立てて、サンプルにヒビが入った、ということだ。


 同書によると、同じ実験で水を掛けた場合には軽くたたいただけでは岩はこわれなかったとあり、酢酸より効果が薄いとのことでした。石灰岩の場合、主成分はCaCO3のため、酸を掛けると下に示す反応が生じると思われます。

CaCO3 + 2CH3COOH → Ca(CH3COO)2 + CO2 + H2O

 岩石の主成分が化学的に分解されると同時に、ヒビ内で生じた二酸化炭素は急激に膨張することで岩を破壊しやすくしたようです。

 なるほど、当時の技術者たちは優れた知見を持っていたのですね!


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2017年04月29日

キリスト教の成立 イエスの終末論 イエスは終末がすぐ来ると説いたが、今も社会矛盾は続いている(程度はましになったけど)

 長々と引用したのは、紛れもない終末論がここに見えるからです。イエスは、当時生きていた人々に向かって終末が近い、富は何の意味もない、と説いたのです。文字通りに読めば、富めるものへの凄まじいルサンチマンが展開されていますね。天の国が来れば、富者は安楽な生活を失って、飢えと悲しみに苦しむようになると呪っているわけですから。

 日本で言えば日蓮の末法思想を唱えていたわけです。『これだけは知っておきたい史的イエス - 』から引用します。

 ほとんどの学者は、イエスの思想に関して意見が一致している。イエスの思想は紀元七〇年以降ではなく、七〇年以前のパレスチナ・ユダヤ教においてのみ意味をなす。例えば、ユダヤ教の清浄規に反対するイエスの教えが意味を持つのは、紀元前二〇年から紀元七〇年の間においてのみである。


第2神殿時代末期の社会状況に、イエスもまた囚われていたのです。

 しかし、それから2000年ほど経った現在でも、フィル・コリンズが1991年にグラミー賞を獲得したAnother Day In Paradiseで歌った通り、貧しい者たちは今も苦しみ続け、ジェネシスのTell Me Whyの通り、腕の中で子どもが死んでいく苦しみは続いているのです。どう考えてもイエスの預言は外れてしまいました。むしろ対極的なことに、現代では富は恐ろしい勢いで富者の元に集まっていき、残った人々は貧困へと突き進んでいます。勿論、古代の真に貧しい人々からすればマシな生活かもしれませんけど、その事実が救いになるとも思えません。そして不思議なことに、バチカンは世界有数のカネ持ち国家なのです。





 貧富の差の拡大が背景にあったため、イエスのこの終末論的メッセージは多くの人に受け入れられます。ところが、伝道の成功に水を差したのはイエスの師である洗礼者ヨハネの死の報せでした。


これだけは知っておきたい史的イエス -
これだけは知っておきたい史的イエス -

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2017年04月28日

キリスト教の成立 イエスの伝道 弟子に対し、異邦人ではなくユダヤ人に教えを説けと厳命し、布教に送り出すイエス

 繰り返しになりますが、これらの奇跡は事実だと考える必要はありません。ウェスパシアヌスが同じ奇跡を行ったという記録があることに見える通り、中東では奇跡を売りものにする者は稀では無かったこと、イエスに帰せられる完全オリジナルの奇跡は、死者を蘇らせることも含めて存在しないことは押さえておいて先に進むことにしましょう。

 29年春の過ぎ越しの祭前の時点で、イエスは12人の弟子を2手に分けて各地に派遣します。イエスが終末論に基づいた教えを説いていたことは、弟子たちに向かって彼らがイスラエルの全ての町を巡るより前に「人の子が現れるだろう」と告げていることから明らかです。

 この「人の子」とはイエスのことではなく、ダニエル書に見える概念で、神に忠実でメシア降臨を受け容れる人のことです。そして、目前に迫る終末の時を前に、「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろイスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」と弟子に命じ、自分が行いたいのはユダヤ人を相手にした活動であることを明示しています。こうした注意を与えた上で、弟子たちは「悔改めよ。神の国は近づいた」と、神の裁きが近いことを警告させました。

 教えでは、まず現在苦しんでいる人々に向かって天国はあなた達のものだと述べます。『イエスの王朝 一族の秘められた歴史 - 』で、福音書以前に存在したQ資料(これはオカルティックなものではなく、聖書学の中ではきちんと認められているもの)に見えるとするイエスの言葉を引用します。

  貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである。
  今飢えている人々は、幸いである。あなたがたは満たされる。
  今泣いている人は、幸いである。あなたがたは笑うようになる。
  人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、
  ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。
        「ルカによる福音書」(六章二〇−二二節)

 このあと、最後の審判のときに苦しむであろう人々への、四つの警告が述べられる。

  しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である。あなたがたはもう慰めを受けている。
  今満腹している人々、あなたがたは不幸である。あなたがたは飢えるようになる。
  今笑っている人々は、不幸である。あなたがたは悲しみに泣くようになる。
  すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。
        「ルカによる福音書」(六章二四−二六節)


イエスの王朝 一族の秘められた歴史 -
イエスの王朝 一族の秘められた歴史 -


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2017年04月27日

キリスト教の成立 奇跡2 水上歩行の奇跡はブッダの奇跡の焼き直し?

 続いて水上歩行についてもどれほど似ているか見てみましょう。まずはゴータマの水上歩行のシーンです。

 雨季の雨が激しく降る日、ゴータマは屋外を歩きながら瞑想していました。カッサパという人物がゴータマが流されてしまったのではないかと心配して小舟に乗って探しに出たところ、ゴータマは水の上を歩いていました。カッサパは驚いてそこにいるのですか?と問いかけます。ゴータマは「私だ、カッサパよ」と答えます。ゴータマはカッサパのところにやってきて話をし、そこでの会話からカッサパはゴータマの方が優れていることを知って彼に帰依します。

 一方のイエスはどうでしょう。

 イエスは(理由はよく分かりませんが)弟子たちだけを舟に乗せて海に漕ぎ出させ、向こう岸に行かせようとします。夕方、逆風のために進めなくなった弟子たちを見かねたのか、イエスは水上を歩いてやってきます。幽霊かと何かと恐れた弟子たちに、イエスは「私だ、恐れることはない」と告げます。イエスが舟に乗ると風が止みます。

 実は、この時のイエスは、「歩いた」のではなく、「逍遥した」というのが正しいそうです。ゴータマがそうしていたのと同じように。舟の上から問いかけられて返す言葉も「私だ」で同じです。ただ、ゴータマの行動の方が筋が通っているように感じます。

『イエスは仏教徒だった?』から、両者に共通するポイントを引用しましょう。

1 イエスもブッダも一人で孤独な場所にいる。

2 宗教的な行(祈り、瞑想)をおこなっている。

3 水の上を歩きまわっている――パーリ語もギリシア語も同じ表現を使っている。

4 どちらの場合も水面が荒れている。

5 弟子/カッサパの物語である。

6 水の上には人の乗った小舟がある。

7 舟に乗った者は水の上を歩く人の姿に驚く。

8 舟に乗った者は水上を歩く者がだれかわからず、問いかける。

9 イエスもブッダも「わたしだ」と答えて自分を示す。

10 舟に乗った者は水上を歩く者を舟に乗せようとする。

11 イエスもブッダも船に乗り込む。


 この短いエピソードにこれほども似通ったところがあるのは確かに驚きです。ただ、仏典にはキリスト教的な、正当な聖典がなく何でもありですから、探そうと思ったら似ている逸話は見つけ出せるという可能性もあります。

 『イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 - 』に詳しいので、興味がある方はご覧になって下さい。

イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 -
イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 -

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